2008年01月31日
鬼よ、笑わば笑え。
やりたい事が多すぎて、
どれもこれも中途半端になっています。
詳しく書けないのが残念ですが、
知っていただければ、その節操のなさに
あきれること請け合いです。
それでも「やりたいんだから」と細々と続けています。
さて、そのうちの一つの結果がつい先日出ました。
ダメでした。やはりダメでした。
ダメはダメなんですが、ありがたい事に
どこがダメだったのかが少し分かるようになりました。
昨年はあまりにもダメすぎて
途中で「足切り」のような事になっていました。
今年は、まったくダメという事ではなかったようで、
一応、最後までチェックしていただいての「ダメ」でした。
一年かかって、少しは進歩があったようです。
カメのように遅くても
少しは前進できているという事が分かり、
気持ちが少しはラクになりました。
今回も結果はダメという事は、事前に分かっていました。
なので「試験」直後から、少し考え方を変えて
試験勉強の時間を持てるよう、暮らしを変えてみました。
とりあえず週に5日間は必ず、
朝、三十分ほど時間をとって勉強しています。
焼け石に水、のようなものですが、
これまではこれすらやっていなかった訳で、
やっていないにも関わらず、
多少は良いところまで行ったんですから、
やれば次は必ず良い結果が出る・・・はず・・・。
なんて事を考えながら、
楽天的な気分でいるわけです。
来年の今ごろは忙しくなっているぞ!
どれもこれも中途半端になっています。
詳しく書けないのが残念ですが、
知っていただければ、その節操のなさに
あきれること請け合いです。
それでも「やりたいんだから」と細々と続けています。
さて、そのうちの一つの結果がつい先日出ました。
ダメでした。やはりダメでした。
ダメはダメなんですが、ありがたい事に
どこがダメだったのかが少し分かるようになりました。
昨年はあまりにもダメすぎて
途中で「足切り」のような事になっていました。
今年は、まったくダメという事ではなかったようで、
一応、最後までチェックしていただいての「ダメ」でした。
一年かかって、少しは進歩があったようです。
カメのように遅くても
少しは前進できているという事が分かり、
気持ちが少しはラクになりました。
今回も結果はダメという事は、事前に分かっていました。
なので「試験」直後から、少し考え方を変えて
試験勉強の時間を持てるよう、暮らしを変えてみました。
とりあえず週に5日間は必ず、
朝、三十分ほど時間をとって勉強しています。
焼け石に水、のようなものですが、
これまではこれすらやっていなかった訳で、
やっていないにも関わらず、
多少は良いところまで行ったんですから、
やれば次は必ず良い結果が出る・・・はず・・・。
なんて事を考えながら、
楽天的な気分でいるわけです。
来年の今ごろは忙しくなっているぞ!
2008年01月30日
暫定税率の存廃よりも・・・。
揮発油税等への暫定税率の存廃が
議論されている?ようですね。
どっちがいいのか判断に苦しむのですが、
これよりも、もっと重要で、
間違いなく取り組まなければいけない問題は、
「つくるべき必要な道路とはなんぞや」の
基準をはっきりさせなければならないという事です。
「無駄な道路は必要ない」に反論する人は
圧倒的少数でしょう。
だけど「無駄かどうか」は、
人それぞれの立場、暮らしで違います。
実は私かつて、某所で東海北陸自動車道について
まったくの独断と偏見ですが、
「あんな道路、必要あるのか?」と批判的に書いた事があります。
私は、あの道路については無なければ無いで
普通に暮らせますので、私にとっては無駄なわけです。
あの道路をめぐっては、
飛騨で自然保護活動に関わっている、ある団体の中でも
賛成の立場をとるか反対の立場をとるか、
意見は割れたと聞きました。
結局、賛成の立場をとり、彼らの環境保護の
アドバイスを汲み取ってもらう、という
方向で落ち着いたようです。
話がそれました。
私が書いたのは、
「一度使ってみたのだが、必要ないと思った」と
いうような内容でした。
あくまで私の私見ですから、
他人にとやかく言われる筋合いはありません。
しかし、この文章を読んで怒ったらしい匿名の方から
猛烈な抗議(実際は罵倒)をいただきました。
「要らんのなら、なんで使ったんや!」
「要らんのなら使うな!」
という感じで。
私は、私の税金も使われているのですから
「一度使ってみよう」と使ってみただけですし、
できてしまった物は「無駄だなあ」と思いながらも
あれば使います。使わなければもっと無駄になる。
取り壊してくれるなら話は別ですが。
ただ、この方にとっては、
どうしても必要な道路だったのでしょう。
また、建設実現のために多大な尽力をされたのでしょう。
けれど、私にとっては「必要の無い道路」だったのです。
さあ、誰がどのように何をもって
「無駄」か「必要」かを、責任を持って決めるのか。
実は財源よりも、こっちの方が問題は
難しいのではないでしょうか。
現在、建設が進められている飛騨の道路のなかにも
私にとっては「無駄」と思える道路があります。
傍観が許されないなら、私個人は一体どう動くべきなのか。
悩みはつきません。
議論されている?ようですね。
どっちがいいのか判断に苦しむのですが、
これよりも、もっと重要で、
間違いなく取り組まなければいけない問題は、
「つくるべき必要な道路とはなんぞや」の
基準をはっきりさせなければならないという事です。
「無駄な道路は必要ない」に反論する人は
圧倒的少数でしょう。
だけど「無駄かどうか」は、
人それぞれの立場、暮らしで違います。
実は私かつて、某所で東海北陸自動車道について
まったくの独断と偏見ですが、
「あんな道路、必要あるのか?」と批判的に書いた事があります。
私は、あの道路については無なければ無いで
普通に暮らせますので、私にとっては無駄なわけです。
あの道路をめぐっては、
飛騨で自然保護活動に関わっている、ある団体の中でも
賛成の立場をとるか反対の立場をとるか、
意見は割れたと聞きました。
結局、賛成の立場をとり、彼らの環境保護の
アドバイスを汲み取ってもらう、という
方向で落ち着いたようです。
話がそれました。
私が書いたのは、
「一度使ってみたのだが、必要ないと思った」と
いうような内容でした。
あくまで私の私見ですから、
他人にとやかく言われる筋合いはありません。
しかし、この文章を読んで怒ったらしい匿名の方から
猛烈な抗議(実際は罵倒)をいただきました。
「要らんのなら、なんで使ったんや!」
「要らんのなら使うな!」
という感じで。
私は、私の税金も使われているのですから
「一度使ってみよう」と使ってみただけですし、
できてしまった物は「無駄だなあ」と思いながらも
あれば使います。使わなければもっと無駄になる。
取り壊してくれるなら話は別ですが。
ただ、この方にとっては、
どうしても必要な道路だったのでしょう。
また、建設実現のために多大な尽力をされたのでしょう。
けれど、私にとっては「必要の無い道路」だったのです。
さあ、誰がどのように何をもって
「無駄」か「必要」かを、責任を持って決めるのか。
実は財源よりも、こっちの方が問題は
難しいのではないでしょうか。
現在、建設が進められている飛騨の道路のなかにも
私にとっては「無駄」と思える道路があります。
傍観が許されないなら、私個人は一体どう動くべきなのか。
悩みはつきません。
2008年01月28日
100歳のおばあちゃん
元気なおばあちゃんに会いました。100歳ですと。
耳は遠いけど、目はいいし、普通に立って歩けるし、
話もしっかりしているし、自分の事は自分でできるし、
愛嬌もあって、皆から好かれて、
なんともはや「こんなふうに歳をとりたいなあ」と
思わせてくれるおばあちゃんだった。
おばあちゃん、つい数年前まで畑仕事をしていた。
さすがに転倒が怖くて、もう引退したけれど、
家ではお嫁さんからの頼まれ事も引き受けている。
ウチのばあちゃん、私の母ですが、
仕事はしていませんが、
私やカミさんが畑から採ってきた
大豆や小豆の実をさやから出してくれたり、
麦の穂を取ってくれたり、
大根や菜っ葉類を洗ってくれたりと
いろいろやってくれるので助かります。
それで、そんな姿を見てると、
高齢者が邪魔にされているような世の中だけれども、
こと農作業に関しては、ある程度、体が動けば
高齢者にやってもらえる事はいくらでもあるんですね。
つまり、高齢者が邪魔にされているという事は
これは農業がダメになっている、
もしくは農業の工業化が起こってしまっている
ということではないだろうか、
などと考えてしまうのです。
そんな事を考えると、
じゃあ、農業を改めてきちんと考えて
テコ入れすれば、高齢者の役割ももっと重要になり、
変わってくるのではないか、とも思います。
地産地消とかスローフードという言葉も
ようやく一般的になってきました。
これらはお年寄りが覚えている地域の食の伝統文化や
小規模多品種農業なくしてはありえません。
地域の高齢者が無理せず、楽しみながら農作業をし、
それが地域の食産業を盛り上げていくような、
そんな高山になってくれないかなあ、
などと思いながら、
それはそうと俺は今年、畑で何を作ろうかと
もはや春のことを考えています。
まだマイナス10度を下回ったばかりなのにね。
耳は遠いけど、目はいいし、普通に立って歩けるし、
話もしっかりしているし、自分の事は自分でできるし、
愛嬌もあって、皆から好かれて、
なんともはや「こんなふうに歳をとりたいなあ」と
思わせてくれるおばあちゃんだった。
おばあちゃん、つい数年前まで畑仕事をしていた。
さすがに転倒が怖くて、もう引退したけれど、
家ではお嫁さんからの頼まれ事も引き受けている。
ウチのばあちゃん、私の母ですが、
仕事はしていませんが、
私やカミさんが畑から採ってきた
大豆や小豆の実をさやから出してくれたり、
麦の穂を取ってくれたり、
大根や菜っ葉類を洗ってくれたりと
いろいろやってくれるので助かります。
それで、そんな姿を見てると、
高齢者が邪魔にされているような世の中だけれども、
こと農作業に関しては、ある程度、体が動けば
高齢者にやってもらえる事はいくらでもあるんですね。
つまり、高齢者が邪魔にされているという事は
これは農業がダメになっている、
もしくは農業の工業化が起こってしまっている
ということではないだろうか、
などと考えてしまうのです。
そんな事を考えると、
じゃあ、農業を改めてきちんと考えて
テコ入れすれば、高齢者の役割ももっと重要になり、
変わってくるのではないか、とも思います。
地産地消とかスローフードという言葉も
ようやく一般的になってきました。
これらはお年寄りが覚えている地域の食の伝統文化や
小規模多品種農業なくしてはありえません。
地域の高齢者が無理せず、楽しみながら農作業をし、
それが地域の食産業を盛り上げていくような、
そんな高山になってくれないかなあ、
などと思いながら、
それはそうと俺は今年、畑で何を作ろうかと
もはや春のことを考えています。
まだマイナス10度を下回ったばかりなのにね。
2008年01月27日
いっこく堂
昨日、古川町の飛騨市文化交流センターに行ってきました。
『いっこく堂トークショー』です。
めちゃくちゃ笑えるとか、そういう芸ではなくて、
なんというか「うまい!」と膝を叩きたくなるような、
そんな舞台でした。
日本だけで通じるバカ騒ぎでなく、
なんというか言葉を操る笑いで、上品ですね。
普遍性がありそうな感じで、
海外でも認められているというのが
分かるような気がしました。
トークショーとなっているように、
ずっと芸を披露し続けるわけではなく、
生い立ちや、いじめに遭った事、腹話術に関わるようになった経緯なんかを
笑いを交えながら話してくれました。
司会の女性が、いじめられていた頃のことに話をふるのですが、
決して深刻にならず、さらっと話されて、
少し拍子抜けしたというのが、正直なところです。
この手の話になると、講演というのは結構「重く」なったりするのですが、
彼は「僕の場合は、無視されたりするような原因が自分にもあったから」と
苦労話などせず、そうした自分の問題をどうやって解決すべきか、とか
自分のやりたい事を実現するために、何をしたかについて
話してくれました。
「民藝」出身で、故宇野重吉さんや米倉斉加年さんらから
指導を受けていたなんて知りませんでした。
腹話術に関わったのも29歳と遅かったそうです。
とにかく継続することと、
常に考え続けることの大切さを話してみえました。
とても有意義な時間を過ごせました。
彼の芸を録画したビデオを少し持ってたりしますが、
これまで知らなかった一面を知って、
改めて見直してみたい、と思いました。
『いっこく堂トークショー』です。
めちゃくちゃ笑えるとか、そういう芸ではなくて、
なんというか「うまい!」と膝を叩きたくなるような、
そんな舞台でした。
日本だけで通じるバカ騒ぎでなく、
なんというか言葉を操る笑いで、上品ですね。
普遍性がありそうな感じで、
海外でも認められているというのが
分かるような気がしました。
トークショーとなっているように、
ずっと芸を披露し続けるわけではなく、
生い立ちや、いじめに遭った事、腹話術に関わるようになった経緯なんかを
笑いを交えながら話してくれました。
司会の女性が、いじめられていた頃のことに話をふるのですが、
決して深刻にならず、さらっと話されて、
少し拍子抜けしたというのが、正直なところです。
この手の話になると、講演というのは結構「重く」なったりするのですが、
彼は「僕の場合は、無視されたりするような原因が自分にもあったから」と
苦労話などせず、そうした自分の問題をどうやって解決すべきか、とか
自分のやりたい事を実現するために、何をしたかについて
話してくれました。
「民藝」出身で、故宇野重吉さんや米倉斉加年さんらから
指導を受けていたなんて知りませんでした。
腹話術に関わったのも29歳と遅かったそうです。
とにかく継続することと、
常に考え続けることの大切さを話してみえました。
とても有意義な時間を過ごせました。
彼の芸を録画したビデオを少し持ってたりしますが、
これまで知らなかった一面を知って、
改めて見直してみたい、と思いました。
2008年01月26日
虚勢。
セキセイインコの「チュピ」が我が家へ来て
約4ヶ月が過ぎた。
買った時はおそらく生後1ヶ月くらいだっただろうから
現在、生後5ヶ月といったところか。
来たばかりのころは、まだ赤ちゃん=ヒナで
湯で柔らかくした餌をスプーンでやっていた。
冷めると食べないから、湯煎しながらあげたりして
結構大変でした。
飼い方の本を読んだりして勉強もしました。
その飼い方の本を読んでいるときに、「うーん、なるほど」と
うなるしかない文章がありました。
動物って「突然死ぬ」って事がよくあるような気がします。
昨日まで元気だったのに、とか
ついさっきまで餌を食べてたのに、とか
急な別れになることが多いのではないかと思います。
これ、怪我してるとか病気だとか、体が弱ってることを我慢して、
もう限界になるまで隠してるから、なんですね。
元気そうに振る舞ってたけど、
限界まできたから、そのままバッタリというパターン。
飼い主はそんな事知らないから「なんで?」となる。
野生に近ければ近いほど、そういう行動をとるようです。
そりゃ、そうですよね。
野生の世界では、弱い者が先に狙われる。
だから元気そうなフリをして難を逃れようとする。
ペットであっても、その本能は残っているようです。
これは生き物の本質なのかもしれません。
今の世の中、犯罪でも経済でも
弱い者が狙い撃ちされているような気がします。
会社や学校でのいじめ、「協力」という名の下請けいじめ、
女性や子ども、高齢者、ホームレスを狙った通り魔犯罪、
マスコミによる過剰報道、子どもや高齢者の虐待・・・。
野生の本能が強く出始めているんでしょうか。
いや、動物でもここまで露骨に弱い者を狙わないのではないか。
弱い者は虚勢をはって生きるしかない時代なのかもしれません。
そんな人、最近よく見るような気がします。
「はったり」=「偽装」が多いのも、
そんな背景があるからでは、などと勘ぐったりしています。
やたらと理論武装したり、体をむやみに鍛えたりするのも、
そういう虚勢の表れなんではないかと思ったりもします。
・・・それって俺のことやね。
約4ヶ月が過ぎた。
買った時はおそらく生後1ヶ月くらいだっただろうから
現在、生後5ヶ月といったところか。
来たばかりのころは、まだ赤ちゃん=ヒナで
湯で柔らかくした餌をスプーンでやっていた。
冷めると食べないから、湯煎しながらあげたりして
結構大変でした。
飼い方の本を読んだりして勉強もしました。
その飼い方の本を読んでいるときに、「うーん、なるほど」と
うなるしかない文章がありました。
動物って「突然死ぬ」って事がよくあるような気がします。
昨日まで元気だったのに、とか
ついさっきまで餌を食べてたのに、とか
急な別れになることが多いのではないかと思います。
これ、怪我してるとか病気だとか、体が弱ってることを我慢して、
もう限界になるまで隠してるから、なんですね。
元気そうに振る舞ってたけど、
限界まできたから、そのままバッタリというパターン。
飼い主はそんな事知らないから「なんで?」となる。
野生に近ければ近いほど、そういう行動をとるようです。
そりゃ、そうですよね。
野生の世界では、弱い者が先に狙われる。
だから元気そうなフリをして難を逃れようとする。
ペットであっても、その本能は残っているようです。
これは生き物の本質なのかもしれません。
今の世の中、犯罪でも経済でも
弱い者が狙い撃ちされているような気がします。
会社や学校でのいじめ、「協力」という名の下請けいじめ、
女性や子ども、高齢者、ホームレスを狙った通り魔犯罪、
マスコミによる過剰報道、子どもや高齢者の虐待・・・。
野生の本能が強く出始めているんでしょうか。
いや、動物でもここまで露骨に弱い者を狙わないのではないか。
弱い者は虚勢をはって生きるしかない時代なのかもしれません。
そんな人、最近よく見るような気がします。
「はったり」=「偽装」が多いのも、
そんな背景があるからでは、などと勘ぐったりしています。
やたらと理論武装したり、体をむやみに鍛えたりするのも、
そういう虚勢の表れなんではないかと思ったりもします。
・・・それって俺のことやね。
2008年01月23日
「孤高の芸人マルセ太郎」って?
昨日の中日新聞のテレビ欄ですが、
お昼の中京テレビ『思いっきり〜〜』のところに
「孤高の芸人マルセ太郎」と書いてありました。
テレビ大好きを自認する私ですが、
不覚にもチェックを怠っていました。
一体どんな内容だったんだろう?
どなたか、内容をご存じの方がみえたら
教えてくださ〜〜い!!
先日、マルセ太郎さんの著書について書きまして、
コメントに「ケさん」が書き込みをしてくれました。
高山での講演を観たとのこと、
うらやましい限りです。
『芸人魂』を読んでいたら
飛騨とのつながりについて書いてあり、
興味深く読みました。
何でも親友が体を壊し、
再婚した奥さんの実家がある
古川町へ引っ越されたんだそうです。
そこへ見舞いに訪れたとき、
その親友から公演を頼まれたことがきっかけで、
何回かおこなわれたようです。
永六輔さんと親交があり、
毎年恒例のオークヴィレッジの夏祭りにも
出演されたようでした。
観たかったなあ。
お昼の中京テレビ『思いっきり〜〜』のところに
「孤高の芸人マルセ太郎」と書いてありました。
テレビ大好きを自認する私ですが、
不覚にもチェックを怠っていました。
一体どんな内容だったんだろう?
どなたか、内容をご存じの方がみえたら
教えてくださ〜〜い!!
先日、マルセ太郎さんの著書について書きまして、
コメントに「ケさん」が書き込みをしてくれました。
高山での講演を観たとのこと、
うらやましい限りです。
『芸人魂』を読んでいたら
飛騨とのつながりについて書いてあり、
興味深く読みました。
何でも親友が体を壊し、
再婚した奥さんの実家がある
古川町へ引っ越されたんだそうです。
そこへ見舞いに訪れたとき、
その親友から公演を頼まれたことがきっかけで、
何回かおこなわれたようです。
永六輔さんと親交があり、
毎年恒例のオークヴィレッジの夏祭りにも
出演されたようでした。
観たかったなあ。
2008年01月21日
一目おく人
飛騨において、ある分野では
おそらくトップクラスの技術を持っている人がいます。
私だけでなく、同じような仕事をしている他の人でも
一目おくような人です。
そういう人が、本職では食べていけず、
アルバイトとして全く別の仕事をしています。
まあ、その人だけではなく、
全体がまんべんなく納期短縮、手間賃低下の
連鎖に見舞われている職ですけどね。
「技術革新で熟練度が必要なくなった」
「専門性が必要とされなくなった」
「手間賃が安くなってしまった」
「営業がへたくそ」
「やる気がない」
理由はいくらでもあげられるし、
世の流れをみれば、そうなってしまうのも
理屈としては分かる気がします。
しかし、どうも心がついてこないのです。
あれほどの人が、あの技術で食っていけないなんて
世の中の方がおかしい。
いや、世の中は常に事実の集合体ですから
「おかしい」ということはないか。
でもね、こんな社会、好きになれないんですよね。
第一、もっと力のない自分は、もっと食っていけないのだ。
未来はあるのか?
続きを読む
おそらくトップクラスの技術を持っている人がいます。
私だけでなく、同じような仕事をしている他の人でも
一目おくような人です。
そういう人が、本職では食べていけず、
アルバイトとして全く別の仕事をしています。
まあ、その人だけではなく、
全体がまんべんなく納期短縮、手間賃低下の
連鎖に見舞われている職ですけどね。
「技術革新で熟練度が必要なくなった」
「専門性が必要とされなくなった」
「手間賃が安くなってしまった」
「営業がへたくそ」
「やる気がない」
理由はいくらでもあげられるし、
世の流れをみれば、そうなってしまうのも
理屈としては分かる気がします。
しかし、どうも心がついてこないのです。
あれほどの人が、あの技術で食っていけないなんて
世の中の方がおかしい。
いや、世の中は常に事実の集合体ですから
「おかしい」ということはないか。
でもね、こんな社会、好きになれないんですよね。
第一、もっと力のない自分は、もっと食っていけないのだ。
未来はあるのか?
続きを読む
2008年01月20日
雰囲気づくり
最近、思いだした時だけですが、
図書館で紙芝居を借りてきて
カミさんと子どもに聞いてもらっています。
聞いてもらった後は、ダメ出しです。
いや、大したことではなく、
面白かったとか面白くないとか、
ここはこうしたら分かりやすいとか、
紙の抜き方はこういうふうがいいんじゃないかとか、
簡単に教えてもらうだけなのです。
昨日も一応聞いてもらったのですが、
そのときの下の娘の感想は一言、「怖かった」。
???
リスの郵便配達人の話で、
手紙の宛名面がぬれてしまい、
誰への手紙か、誰からの手紙か分からなくなるという話で、
何が怖かったのか分からない。
「何が怖かったの?」と聞いたら、
「お父さんがいつもと違う声を出して怖い」と言いました。
そういや、クマの声は低い声だったから、それかもと思い、
「クマの声が怖かったの?」と聞いたら
そうではないという。
どうやら「いつもと違う声」というのは
登場人物ごとにかなり声色を変えたり、
テンポや声の強弱を変えたりした事を言っているようでした。
雰囲気を妙に高めたせいで、
逆に嫌悪感が先にたったみたいです。
上の娘とカミさんは特にそうは感じなかったみたいなので
今回のが良くなかったとも言えず、
なんとも難しいもんだなあ、と思いました。
そういえば保育園で先生たちが紙芝居等をしているとき、
声の高低やテンポを多少は変えるけれど、
地声はそれほど変えてなかったよなあ、と思い出しました。
まるっきり知らない人なら、いいかもしれないが、
いつも身近な人がガラッと変わると、
気持ちのいいものではないのかもしれませんね。
何でもかんでも、たっぷりと
雰囲気を出せばいいというものでもないんだなあ、
と教えてもらいました。
時と場所、聞く人の年齢層や質、
いろんなパターンを体験しないと
TPOに合った雰囲気をつくり出すのは難しいと
改めて思い知らされました。
図書館で紙芝居を借りてきて
カミさんと子どもに聞いてもらっています。
聞いてもらった後は、ダメ出しです。
いや、大したことではなく、
面白かったとか面白くないとか、
ここはこうしたら分かりやすいとか、
紙の抜き方はこういうふうがいいんじゃないかとか、
簡単に教えてもらうだけなのです。
昨日も一応聞いてもらったのですが、
そのときの下の娘の感想は一言、「怖かった」。
???
リスの郵便配達人の話で、
手紙の宛名面がぬれてしまい、
誰への手紙か、誰からの手紙か分からなくなるという話で、
何が怖かったのか分からない。
「何が怖かったの?」と聞いたら、
「お父さんがいつもと違う声を出して怖い」と言いました。
そういや、クマの声は低い声だったから、それかもと思い、
「クマの声が怖かったの?」と聞いたら
そうではないという。
どうやら「いつもと違う声」というのは
登場人物ごとにかなり声色を変えたり、
テンポや声の強弱を変えたりした事を言っているようでした。
雰囲気を妙に高めたせいで、
逆に嫌悪感が先にたったみたいです。
上の娘とカミさんは特にそうは感じなかったみたいなので
今回のが良くなかったとも言えず、
なんとも難しいもんだなあ、と思いました。
そういえば保育園で先生たちが紙芝居等をしているとき、
声の高低やテンポを多少は変えるけれど、
地声はそれほど変えてなかったよなあ、と思い出しました。
まるっきり知らない人なら、いいかもしれないが、
いつも身近な人がガラッと変わると、
気持ちのいいものではないのかもしれませんね。
何でもかんでも、たっぷりと
雰囲気を出せばいいというものでもないんだなあ、
と教えてもらいました。
時と場所、聞く人の年齢層や質、
いろんなパターンを体験しないと
TPOに合った雰囲気をつくり出すのは難しいと
改めて思い知らされました。
2008年01月19日
マルセ太郎
何週間か前にヤフ−オークションで
マルセ太郎の『芸人魂』と『奇病の人』を手に入れました。
彼が亡くなった直後、週刊『金曜日』に
本多勝一が彼を絶賛し、死を惜しむ文章を書いていた。
それまではマルセ太郎という名前は知っていたが、
テレビの演芸番組に出てきて、サルの形態模写をする芸人さんとしか
知識はなかった。
本多氏の文章中に、彼の著書の紹介があったので
高山のピースランドに頼んで取り寄せてもらった。
『記憶は弱者にあり』。
読んで驚いた。こんな人がいたんだ。
世の中の矛盾や問題について、確固とした持論を持っていて、
権力にこびず、似非文化人をあざわらう。
それが気持ちいいくらい、筋が通っているのだ。
それでいて謙虚だ。
取り寄せてくれたNさんも「良い本だよね」と言って
何冊か仕入れてくれたようだった。
代表的な芸に「スクリーンのない映画館」というのがあり、
実は高山にも来て、やってくれたという事も聞いた。
知らなかった。ビデオは出てるが、やはり生で観てこその芸だろう。
亡くなってからではもう遅い。
最近、ネットオークションでいろいろ物を買うようになり、
いろいろ検索していたりするのですが、
急に思い出して、検索したら2冊で700円の値段だったので
思わず買ってしまったというわけです。
今、手に入れた『芸人魂』を読んでいる最中。
『記憶は弱者にあり』とはまた違う内容ですが、
興味深く読んでいる最中です。
年が明けてから、書き物をさぼって本ばかり読んでいるなあ。
今年に入ってから、6冊目。
ほどほどにしないと。
マルセ太郎の『芸人魂』と『奇病の人』を手に入れました。
彼が亡くなった直後、週刊『金曜日』に
本多勝一が彼を絶賛し、死を惜しむ文章を書いていた。
それまではマルセ太郎という名前は知っていたが、
テレビの演芸番組に出てきて、サルの形態模写をする芸人さんとしか
知識はなかった。
本多氏の文章中に、彼の著書の紹介があったので
高山のピースランドに頼んで取り寄せてもらった。
『記憶は弱者にあり』。
読んで驚いた。こんな人がいたんだ。
世の中の矛盾や問題について、確固とした持論を持っていて、
権力にこびず、似非文化人をあざわらう。
それが気持ちいいくらい、筋が通っているのだ。
それでいて謙虚だ。
取り寄せてくれたNさんも「良い本だよね」と言って
何冊か仕入れてくれたようだった。
代表的な芸に「スクリーンのない映画館」というのがあり、
実は高山にも来て、やってくれたという事も聞いた。
知らなかった。ビデオは出てるが、やはり生で観てこその芸だろう。
亡くなってからではもう遅い。
最近、ネットオークションでいろいろ物を買うようになり、
いろいろ検索していたりするのですが、
急に思い出して、検索したら2冊で700円の値段だったので
思わず買ってしまったというわけです。
今、手に入れた『芸人魂』を読んでいる最中。
『記憶は弱者にあり』とはまた違う内容ですが、
興味深く読んでいる最中です。
年が明けてから、書き物をさぼって本ばかり読んでいるなあ。
今年に入ってから、6冊目。
ほどほどにしないと。
2008年01月18日
国府町の「話」
皆さん、ご存知かどうか分かりませんが、
このブログ、もともとは私が体験したり見聞した
「不思議に思った話」を記録していくという内容でした。
現在、ネタがつきまして、完全に休止状態であります。
いや、ある人に聞けば、まだまだあるんですけど、気力がなくて。
私、昔話や民話、怖い話が好きで、
そっち方面の本を読んだりするんです。
先日、高山市図書館で松谷みよ子さんの
『異界からのサイン』(筑摩書房)という本を見つけて借りました。
要は怖い話、不思議な話を集めた本なのですが、
創作して語ったりしたものでなく、
実際に聞き取り調査したものだけを書いているんですね。
童話や絵本の制作もされる方ですが、この本は違います。
だから、体験者の幻覚幻聴かもしれませんが、
嘘というわけではないんです。そこが好きなんです。
さて、その本に国府町に関する話が出てきました。
個人名も載ってるんですが、公にされている本ですから
そのまま引用しても問題なかろうと、無断転載します。
「ききわける猫・子猫をすてにいく」
一九五二、三年ごろ、となりの水口さんが一匹の黒猫を飼っていた。
ある年六匹の子猫を産んだ。水口のおばあちゃんは、ついこぼした。
「クロよ、六匹も子を産んでどうするよ、二匹ぐらいなら置いてもええけど、
六匹じゃ全部を養うのはうちではえらいぞ」
聞いていたクロはその日のうちに、四匹の子猫をどこへ連れていったのか、
どうしたかわからないが二匹だけにした。
ばあちゃんは「うちの猫は人の話をききわける」と気味悪そうに
菅田一衛さんに語った。岐阜県吉城郡国府町でのほんとうの話である。
以上です。菅田一衛さんは、郷土史家ですね。記憶違いかもしれませんが、
かつて国府町の議員さんではなかったかと思うのですが。
国府町には、私の姉が近所の人から聞いた「光る地蔵さん」の話や
別のひだっちブロガーさんが書いてみえた恐ろしい「出る建物」の話など
意外と話があるんですよね。
「十三墓峠」の話が有名みたいですが、
私、ちゃんと聞いたことがありません。
ご存知の方、ぜひご一報を。掲載させてください。
このブログ、もともとは私が体験したり見聞した
「不思議に思った話」を記録していくという内容でした。
現在、ネタがつきまして、完全に休止状態であります。
いや、ある人に聞けば、まだまだあるんですけど、気力がなくて。
私、昔話や民話、怖い話が好きで、
そっち方面の本を読んだりするんです。
先日、高山市図書館で松谷みよ子さんの
『異界からのサイン』(筑摩書房)という本を見つけて借りました。
要は怖い話、不思議な話を集めた本なのですが、
創作して語ったりしたものでなく、
実際に聞き取り調査したものだけを書いているんですね。
童話や絵本の制作もされる方ですが、この本は違います。
だから、体験者の幻覚幻聴かもしれませんが、
嘘というわけではないんです。そこが好きなんです。
さて、その本に国府町に関する話が出てきました。
個人名も載ってるんですが、公にされている本ですから
そのまま引用しても問題なかろうと、無断転載します。
「ききわける猫・子猫をすてにいく」
一九五二、三年ごろ、となりの水口さんが一匹の黒猫を飼っていた。
ある年六匹の子猫を産んだ。水口のおばあちゃんは、ついこぼした。
「クロよ、六匹も子を産んでどうするよ、二匹ぐらいなら置いてもええけど、
六匹じゃ全部を養うのはうちではえらいぞ」
聞いていたクロはその日のうちに、四匹の子猫をどこへ連れていったのか、
どうしたかわからないが二匹だけにした。
ばあちゃんは「うちの猫は人の話をききわける」と気味悪そうに
菅田一衛さんに語った。岐阜県吉城郡国府町でのほんとうの話である。
以上です。菅田一衛さんは、郷土史家ですね。記憶違いかもしれませんが、
かつて国府町の議員さんではなかったかと思うのですが。
国府町には、私の姉が近所の人から聞いた「光る地蔵さん」の話や
別のひだっちブロガーさんが書いてみえた恐ろしい「出る建物」の話など
意外と話があるんですよね。
「十三墓峠」の話が有名みたいですが、
私、ちゃんと聞いたことがありません。
ご存知の方、ぜひご一報を。掲載させてください。
2008年01月17日
体を壊すと感覚が鋭敏になり、余計な事を考える。
体を壊してから気づくことは多いですね。
病気やケガが治ると忘れてしまう事も多い。
「のどもとすぎれば・・・」とはよく言ったものです。
昔の人は、こうした体の現象を使って、
格言をつくるのがうまかったんですねえ。
また、それが他の人々にきちんと伝わるような
身体感覚が共有されていたんでしょうね。
今はどうなんでしょうね。
熱は急に下がりまして、
インフルエンザではなかったようです。
でも、まだ胃が食べ物を受けつけにくい状況であるので
食欲はあるのだけれど、食を控えるという、
まさにダイエット状態であります。
熱を出して寝ながら、胃の御機嫌をうかがって
「食べられますか、どうですか」と話しかけていました。
それ以外は特にすることもなく、
テレビを観るのも本を読むのもしんどいので、
いろいろ考え事をしてしまうんですね。
そんなとき、ふと
「ああ、これが身体の声を聞くという事の一つなんだ」
と思いました。
いろいろな体操法、身体論の本に出てくる言葉ですが、
頭では分かるけれども、今一つ実感できなかったんですね。
それにくわえ、最近読んだダイエット本で
「満腹という状態をきちんと知ろう」と
書いてあったのを思い出した。
これまで自分が満腹だと思っていた状態は
食べ過ぎの状態であり、
体が出してくる「本当に満腹だ」という信号を
きちんと受け止めようという内容。
これもやはり「身体の声を聞く」
という事ではないでしょうか。
私たちはずいぶんと体を酷使しています。
それは自分の体を、自分の従属物であると考えているからで、
それは人間のごう慢だ、というような内容の言葉を
野口体操の創始者、故・野口三千三氏が残しています。
だから、見映えのよいように筋肉を強化したりすることは
間違っているという内容の事も書いてありました。
正しいかどうかは分かりません。
でも、なるほど、とも思いました。
欲望に任せて睡眠時間を削り、好きな事(仕事も含む)をし、
心にとってうまい物(ストレス解消かな)ばかりを食いちらかし、
太って見映えが悪いからと拒食する。
あまりに心優先の暮らしだと分かります。
(心とはなんぞや、というのは難しいので避けます)
そんな事を考えてると
そういえば、スローフード運動や、
そこから派生したスローライフなんていう言葉も
日本では「忙しい現代人の癒しツール」、
もしくは「田舎のグリーンツーリズムの重要単語」
のようになってしまい、消費し尽くされてしまったなあ、
としみじみしてしまいました。
トヨタのエスティマのCMに使われたときに
あぜんとした記憶があります。
身体感覚に思いをはしらせ、
豊かな言葉を創りだした日本人ですが、
現代人は、格言とされるような
普遍性をもつ言葉を生み出せなくなりました。
その点で言えば、貧しくなったのではないでしょうか。
それは身体感覚に対して鈍くなったことと
無関係ではないのではないか、と思いました。
ほんとにヒマだと、いろんな事を考えてしまう。
考えた事を全部書いてると、終わりませんので
今日はこのへんで。
病気やケガが治ると忘れてしまう事も多い。
「のどもとすぎれば・・・」とはよく言ったものです。
昔の人は、こうした体の現象を使って、
格言をつくるのがうまかったんですねえ。
また、それが他の人々にきちんと伝わるような
身体感覚が共有されていたんでしょうね。
今はどうなんでしょうね。
熱は急に下がりまして、
インフルエンザではなかったようです。
でも、まだ胃が食べ物を受けつけにくい状況であるので
食欲はあるのだけれど、食を控えるという、
まさにダイエット状態であります。
熱を出して寝ながら、胃の御機嫌をうかがって
「食べられますか、どうですか」と話しかけていました。
それ以外は特にすることもなく、
テレビを観るのも本を読むのもしんどいので、
いろいろ考え事をしてしまうんですね。
そんなとき、ふと
「ああ、これが身体の声を聞くという事の一つなんだ」
と思いました。
いろいろな体操法、身体論の本に出てくる言葉ですが、
頭では分かるけれども、今一つ実感できなかったんですね。
それにくわえ、最近読んだダイエット本で
「満腹という状態をきちんと知ろう」と
書いてあったのを思い出した。
これまで自分が満腹だと思っていた状態は
食べ過ぎの状態であり、
体が出してくる「本当に満腹だ」という信号を
きちんと受け止めようという内容。
これもやはり「身体の声を聞く」
という事ではないでしょうか。
私たちはずいぶんと体を酷使しています。
それは自分の体を、自分の従属物であると考えているからで、
それは人間のごう慢だ、というような内容の言葉を
野口体操の創始者、故・野口三千三氏が残しています。
だから、見映えのよいように筋肉を強化したりすることは
間違っているという内容の事も書いてありました。
正しいかどうかは分かりません。
でも、なるほど、とも思いました。
欲望に任せて睡眠時間を削り、好きな事(仕事も含む)をし、
心にとってうまい物(ストレス解消かな)ばかりを食いちらかし、
太って見映えが悪いからと拒食する。
あまりに心優先の暮らしだと分かります。
(心とはなんぞや、というのは難しいので避けます)
そんな事を考えてると
そういえば、スローフード運動や、
そこから派生したスローライフなんていう言葉も
日本では「忙しい現代人の癒しツール」、
もしくは「田舎のグリーンツーリズムの重要単語」
のようになってしまい、消費し尽くされてしまったなあ、
としみじみしてしまいました。
トヨタのエスティマのCMに使われたときに
あぜんとした記憶があります。
身体感覚に思いをはしらせ、
豊かな言葉を創りだした日本人ですが、
現代人は、格言とされるような
普遍性をもつ言葉を生み出せなくなりました。
その点で言えば、貧しくなったのではないでしょうか。
それは身体感覚に対して鈍くなったことと
無関係ではないのではないか、と思いました。
ほんとにヒマだと、いろんな事を考えてしまう。
考えた事を全部書いてると、終わりませんので
今日はこのへんで。
2008年01月16日
古紙・・・。
あまりのニュースに熱が下がってしまいました。
・・・そんなわけないか。
なるほどなあ。
はがきに40%、コピー紙に100%の
古紙を利用しているという表示が
結局、偽装だったわけですね。
仕事がら、古紙が開発されているという時期に
紙の卸問屋さんと話す機会がありましたが、
「古紙利用の再生紙なんか、黒くて汚い紙しかできない。
チラシやパンフレットなんかには
使えませんよ!」
というような話を聞いていた。
その後、きれいな再生紙が出てきたので
なんらかの技術で問題をクリアしたか
漂白剤をバカスカぶち込んだのかと思っていた。
うそついてたのね。そりゃあ、かんたんだわ。
できないならできないで、
すべての会社が降りてれば
バカな親方日の丸だって少しは考えるだろうに。
他を出し抜こうとして嘘をつくのが
当たり前になってるんだろうなあ。
ここで嘘をつける会社は大手になる。
ここで嘘をつかず、降りる会社は
こじんまりと下請けに回る。
有名大学を卒業して
技術者、管理者として期待されていただろうに。
できないものはできない、と言えないだろうなあ。
とにかく嘘をつくのはやめましょうや。
・・・そんなわけないか。
なるほどなあ。
はがきに40%、コピー紙に100%の
古紙を利用しているという表示が
結局、偽装だったわけですね。
仕事がら、古紙が開発されているという時期に
紙の卸問屋さんと話す機会がありましたが、
「古紙利用の再生紙なんか、黒くて汚い紙しかできない。
チラシやパンフレットなんかには
使えませんよ!」
というような話を聞いていた。
その後、きれいな再生紙が出てきたので
なんらかの技術で問題をクリアしたか
漂白剤をバカスカぶち込んだのかと思っていた。
うそついてたのね。そりゃあ、かんたんだわ。
できないならできないで、
すべての会社が降りてれば
バカな親方日の丸だって少しは考えるだろうに。
他を出し抜こうとして嘘をつくのが
当たり前になってるんだろうなあ。
ここで嘘をつける会社は大手になる。
ここで嘘をつかず、降りる会社は
こじんまりと下請けに回る。
有名大学を卒業して
技術者、管理者として期待されていただろうに。
できないものはできない、と言えないだろうなあ。
とにかく嘘をつくのはやめましょうや。
2008年01月16日
2008年01月14日
今朝は寒かったっす。
今朝は寒かったですねえ。
朝方、布団に入っていても
なんだか背筋がぞくぞくするような気がしました。
今日は午前中、神岡町へ行ってきたのですが、
行く途中、神原峠はところどころ滑りそうな箇所があり、
慎重に運転しました。
さすがにこの時間になるともう融けているでしょうが、
日陰の道路は油断なりません。
皆さんもお気をつけて。
昨日、テレビを観ていたら
食品製造・販売企業から出る
廃棄物扱いだけれどもまだ食べられる食料を
困っている人に配付するNPO活動をやってみえる
外国人男性を取り上げていました。
素直に「すごいなあ」と思いました。
もちろん、矛盾や問題も山ほど抱えてみえる事でしょう。
けれど、まず自分たちでできる事をきちんとやって
結果を出してみる事の大切さを
改めて教えてもらった気分です。
また、これとは別の話ですが、
奉仕活動として、ある活動をしてみえる飛騨の人が、
次のような事をおっしゃってました。
「やりたい活動を継続してやっていくためには
活動に必要な最低限のお金が要る。
そもそも貧乏なので
行政からの補助金はありがたいが、
これが、いつ打ち切られるか分からないような状況では
これをあてにして活動することはできない。
補助金がなくなったら活動ができなくなるようでは
長続きするはずがない。
どんな活動をするうえでも、
経済的に自立できるように工夫しなければ」
聞くだけなら「なるほどなあ」と思うだけですが、
実践しようと思うと大変です。
ただでさえ営利活動ではありませんから、
稼ごうとしても、それほどお金は集まりません。
また、少し多めにお金を集めると
「それは奉仕活動ではないだろう」という
批判も受けるそうです。
そうした批判は甘んじて受けながら
それでも信念をもって活動を続けていく人には頭が下がります。
苦労も多いでしょうが、そういう人に限って
「やりたい事をやってるから、大変なんて事はない」
と、さらっとおっしゃる。
カッコいいっすね。
やりたい事をやってる限り、頑張れるんですね。
人のためとかじゃなくて、自分のためにやってる。
そういや畑作業をやってて
面倒くさい事はあっても、嫌だなあと思うことは少ない。
「畑作業は絶対に嫌」という人もおるもんなあ。
結局、自分が好きで、好きなようにやってるから
続けることができるんだろうなあ。
仕事でも趣味でも「自分はこうしたい」という姿勢を
もっと大事にして、主体的に暮らしてみようか。
なんて事を考えました。
朝方、布団に入っていても
なんだか背筋がぞくぞくするような気がしました。
今日は午前中、神岡町へ行ってきたのですが、
行く途中、神原峠はところどころ滑りそうな箇所があり、
慎重に運転しました。
さすがにこの時間になるともう融けているでしょうが、
日陰の道路は油断なりません。
皆さんもお気をつけて。
昨日、テレビを観ていたら
食品製造・販売企業から出る
廃棄物扱いだけれどもまだ食べられる食料を
困っている人に配付するNPO活動をやってみえる
外国人男性を取り上げていました。
素直に「すごいなあ」と思いました。
もちろん、矛盾や問題も山ほど抱えてみえる事でしょう。
けれど、まず自分たちでできる事をきちんとやって
結果を出してみる事の大切さを
改めて教えてもらった気分です。
また、これとは別の話ですが、
奉仕活動として、ある活動をしてみえる飛騨の人が、
次のような事をおっしゃってました。
「やりたい活動を継続してやっていくためには
活動に必要な最低限のお金が要る。
そもそも貧乏なので
行政からの補助金はありがたいが、
これが、いつ打ち切られるか分からないような状況では
これをあてにして活動することはできない。
補助金がなくなったら活動ができなくなるようでは
長続きするはずがない。
どんな活動をするうえでも、
経済的に自立できるように工夫しなければ」
聞くだけなら「なるほどなあ」と思うだけですが、
実践しようと思うと大変です。
ただでさえ営利活動ではありませんから、
稼ごうとしても、それほどお金は集まりません。
また、少し多めにお金を集めると
「それは奉仕活動ではないだろう」という
批判も受けるそうです。
そうした批判は甘んじて受けながら
それでも信念をもって活動を続けていく人には頭が下がります。
苦労も多いでしょうが、そういう人に限って
「やりたい事をやってるから、大変なんて事はない」
と、さらっとおっしゃる。
カッコいいっすね。
やりたい事をやってる限り、頑張れるんですね。
人のためとかじゃなくて、自分のためにやってる。
そういや畑作業をやってて
面倒くさい事はあっても、嫌だなあと思うことは少ない。
「畑作業は絶対に嫌」という人もおるもんなあ。
結局、自分が好きで、好きなようにやってるから
続けることができるんだろうなあ。
仕事でも趣味でも「自分はこうしたい」という姿勢を
もっと大事にして、主体的に暮らしてみようか。
なんて事を考えました。
2008年01月13日
アドリブ力
私には瞬発力がない。
もちろん、身体能力としての瞬発力もそうなのだが、
人との会話というか、とっさの思考力というか、
脳の機能の瞬発力も弱い。
たとえば・・・。
ある人に話を聞かなければならない。
そういう場合、その人についての情報や
聞かなければならない情報について、
ある程度、下調べをする。
この作業をしたうえで、実際現場で聞くことが
その範ちゅうで収まれば、何も問題は起こらない。
要は、下調べなしの出たとこ勝負の時や
話が急に変わってしまった場合に、
うまく対応する事ができないのだ。
今日もちょっとミスった。
相手と話しているときに、
ちょっとした別のことに気をとられ、
聞くべきことを聞けずに
話が終わってしまった。
その時は気づかなかったのだが、
後になって「ああ、しまった!」となってしまった。
聞かなければ聞かないで
別に大きな問題ではないのですが、
やはり悔いは残ります。
こういうとき、「ああ、俺はなんて機転がきかないのか」
と反省することになるのです。
なんと言ったら良いのか。
アドリブ力とでも言おうか。
その場その場での、とっさの対応が下手なんですね。
これ、私の芝居をやるうえでの大きな欠点でもあります。
こうした欠点を直すにはどうしたらいいか。
友人に言わせれば「とにかく繰り返して訓練すること」
だそうです。
試して失敗して反省して、また試す。その繰り返し。
そうなんだな。それしかないんだな。
だから、とにかく今は恥をかいて
人の面前に立ってみるしかない。苦手だけど。
うう〜〜、キツイなあ。
もちろん、身体能力としての瞬発力もそうなのだが、
人との会話というか、とっさの思考力というか、
脳の機能の瞬発力も弱い。
たとえば・・・。
ある人に話を聞かなければならない。
そういう場合、その人についての情報や
聞かなければならない情報について、
ある程度、下調べをする。
この作業をしたうえで、実際現場で聞くことが
その範ちゅうで収まれば、何も問題は起こらない。
要は、下調べなしの出たとこ勝負の時や
話が急に変わってしまった場合に、
うまく対応する事ができないのだ。
今日もちょっとミスった。
相手と話しているときに、
ちょっとした別のことに気をとられ、
聞くべきことを聞けずに
話が終わってしまった。
その時は気づかなかったのだが、
後になって「ああ、しまった!」となってしまった。
聞かなければ聞かないで
別に大きな問題ではないのですが、
やはり悔いは残ります。
こういうとき、「ああ、俺はなんて機転がきかないのか」
と反省することになるのです。
なんと言ったら良いのか。
アドリブ力とでも言おうか。
その場その場での、とっさの対応が下手なんですね。
これ、私の芝居をやるうえでの大きな欠点でもあります。
こうした欠点を直すにはどうしたらいいか。
友人に言わせれば「とにかく繰り返して訓練すること」
だそうです。
試して失敗して反省して、また試す。その繰り返し。
そうなんだな。それしかないんだな。
だから、とにかく今は恥をかいて
人の面前に立ってみるしかない。苦手だけど。
うう〜〜、キツイなあ。
2008年01月13日
年明けて・・・
ようやく、再放送でない『SP』の放映を観れました。
最近、どうも笑いが欲しいらしく、
それほど笑えないギャグを繰り出してきます。
そんなことをしなくても
もっと真木よう子の出番を増やしてくれればいいのに。
これは私の都合か。
しかも新たに発生する事件を
ひっぱるひっぱる。
前回、今回と思わせぶりな展開なのに
事件が起こらない。
さすがに次回は起こるみたいですがね。
さあ、『SP』終わったし、明日は仕事だ。寝よっと。
最近、どうも笑いが欲しいらしく、
それほど笑えないギャグを繰り出してきます。
そんなことをしなくても
もっと真木よう子の出番を増やしてくれればいいのに。
これは私の都合か。
しかも新たに発生する事件を
ひっぱるひっぱる。
前回、今回と思わせぶりな展開なのに
事件が起こらない。
さすがに次回は起こるみたいですがね。
さあ、『SP』終わったし、明日は仕事だ。寝よっと。
2008年01月11日
芸能界は恐ろしかトコばい。
misono、最近バラエティー番組に
よく出てますね。
なぜ知ってるかって?
バラエティー番組をよく観るからです。
歌がうまいというだけでは
通用しないというのが、よく分かります。
ガンバレ! misono。
よく出てますね。
なぜ知ってるかって?
バラエティー番組をよく観るからです。
歌がうまいというだけでは
通用しないというのが、よく分かります。
ガンバレ! misono。
2008年01月10日
期待を裏切る。
人から期待される言葉をかけられ、
とても嬉しくなることがたまにあります。
その直後は俄然やる気になっているのですが、
月日が流れるとともに、その喜びの感情は薄れ、
いつの間にやら忘れてしまい、
結局なにもやらないまま時間だけが過ぎ、
言葉をかけてくれた人の
期待に応えられないという事が多々あります。
つまりは私を良く思ってくれた人の
期待を裏切ってしまったわけです。
ずいぶん不義理をしてきたものです。
でも、いい加減にこうした不義理は
つつしまなければと思っています。
期待してくれている人の
その期待に応えるというのは、
実は私自身にとっても有益なことですし、
やって損な事はひとつもないのですね。
今日、ある方に無理を言って御会いし、
また、ありがたい言葉をかけていただきました。
もう不義理はしません。
絶対にやります。
あなたのように、無理はせずに、
必ず形を残します。
・・・って何のことを言っているか
分からない人の方が多いですよね。
すみません。
でも、今、そういう気分になったのです。
忘れないように書いてみました。
とても嬉しくなることがたまにあります。
その直後は俄然やる気になっているのですが、
月日が流れるとともに、その喜びの感情は薄れ、
いつの間にやら忘れてしまい、
結局なにもやらないまま時間だけが過ぎ、
言葉をかけてくれた人の
期待に応えられないという事が多々あります。
つまりは私を良く思ってくれた人の
期待を裏切ってしまったわけです。
ずいぶん不義理をしてきたものです。
でも、いい加減にこうした不義理は
つつしまなければと思っています。
期待してくれている人の
その期待に応えるというのは、
実は私自身にとっても有益なことですし、
やって損な事はひとつもないのですね。
今日、ある方に無理を言って御会いし、
また、ありがたい言葉をかけていただきました。
もう不義理はしません。
絶対にやります。
あなたのように、無理はせずに、
必ず形を残します。
・・・って何のことを言っているか
分からない人の方が多いですよね。
すみません。
でも、今、そういう気分になったのです。
忘れないように書いてみました。
2008年01月09日
なぜか明日だけ・・・。
仕事の相手方と会うスケジュールの調整が
なかなかうまくいかない事が
たびたびあります。
電話をかけると「今日はダメなので明日に」と言われ、
別の人にアポをとろうと電話をすると、
こちらもなかなかつまからず、
結局今日が終ってしまい、「明日やろう」となる。
たまたま今日この時間だけが忙しく、
予定を変更してほしいと頼まれる。「明日はどう?」
また、そんなときに限って明日は
ずっと前から決めていた、人と会う約束と重なる。
かくして大忙しの一日の出来上がり。
その前後日はヒマなのに。
ヒマな時は物を考える余裕がある。
忙しい時は物を考える余裕がない。
それが交互にくるから
考えた事を実行するヒマがなくなるのです。
・・・言い訳ですけどね。
明日は忙しくなりそうです。
なかなかうまくいかない事が
たびたびあります。
電話をかけると「今日はダメなので明日に」と言われ、
別の人にアポをとろうと電話をすると、
こちらもなかなかつまからず、
結局今日が終ってしまい、「明日やろう」となる。
たまたま今日この時間だけが忙しく、
予定を変更してほしいと頼まれる。「明日はどう?」
また、そんなときに限って明日は
ずっと前から決めていた、人と会う約束と重なる。
かくして大忙しの一日の出来上がり。
その前後日はヒマなのに。
ヒマな時は物を考える余裕がある。
忙しい時は物を考える余裕がない。
それが交互にくるから
考えた事を実行するヒマがなくなるのです。
・・・言い訳ですけどね。
明日は忙しくなりそうです。
2008年01月08日
「放送禁止歌」
買おう買おうと思い続けて
もうずいぶん経ってしまひました。
森達也著『放送禁止歌』のことです。
結局、買わずに高山市図書館で借りてしまひました。
以前、本屋で立ち読みしたときに
ものすごく面白かったので
その場でほとんど読んでしまった。
いつか必ず買おうと思っていたのですが・・・。
結局、買わずに
最後まで読んでしまう事になりました。
結論から言えば「いつか必ず買います」。
放送禁止歌といわれる歌を
放送禁止にしている者はどこにもいなかったという、
そこへ至る経緯と、森達也の考察と苦悩が、
失礼ながらとても興味深いのです。
読んでしまったのだけれど、手元に置いておきたい。
・・・でも、新品でなく、ネットオークションかなあ。
そして、こういうのを読んでしまうと
当の放送禁止歌を聴きたくなってしまうんですね。
岡林信康『竹田の子守唄』『手紙』なんか・・・。
誰か持ってたら貸してくださーーい。
いやあ、それにしても森達也、良い仕事をするなあ。
去年、高山で講演したときに上映した
動物実験をテーマにしたドキュメンタリーも良かったけど、
他の著書も、私は好きです。
自分自身が葛藤しながら、取材を続けていく姿勢に
とても誠実さを感じます。
私のイチオシっす。
もうずいぶん経ってしまひました。
森達也著『放送禁止歌』のことです。
結局、買わずに高山市図書館で借りてしまひました。
以前、本屋で立ち読みしたときに
ものすごく面白かったので
その場でほとんど読んでしまった。
いつか必ず買おうと思っていたのですが・・・。
結局、買わずに
最後まで読んでしまう事になりました。
結論から言えば「いつか必ず買います」。
放送禁止歌といわれる歌を
放送禁止にしている者はどこにもいなかったという、
そこへ至る経緯と、森達也の考察と苦悩が、
失礼ながらとても興味深いのです。
読んでしまったのだけれど、手元に置いておきたい。
・・・でも、新品でなく、ネットオークションかなあ。
そして、こういうのを読んでしまうと
当の放送禁止歌を聴きたくなってしまうんですね。
岡林信康『竹田の子守唄』『手紙』なんか・・・。
誰か持ってたら貸してくださーーい。
いやあ、それにしても森達也、良い仕事をするなあ。
去年、高山で講演したときに上映した
動物実験をテーマにしたドキュメンタリーも良かったけど、
他の著書も、私は好きです。
自分自身が葛藤しながら、取材を続けていく姿勢に
とても誠実さを感じます。
私のイチオシっす。



