2007年11月29日
100円貯金
私、衝動買いが多くて
貯金というものが苦手な性格です。
それで少しでも衝動買いを減らし、
貯金できたらなあ、と思い、
毎日100円ずつ貯金箱に入れています。
しかし、毎日100円玉を入れるというのは
なかなか面倒なことでありまして、
忘れて入れなかったり、財布に小銭が無かったりすると
もう貯まらないということになってしまいます。
それで月の始めにその月の分だけ
100円玉を用意して、毎日は入れずに
月の最終日にまとめて入れるようにしています。
また、少しゆとりがあるときに
100円、200円と追加したりします。
これが意外と効果的で、
貧乏な私でも年間4万円近く貯まるんですね。
欲しかったパソコン周辺機器が
これで買えたりするんです。
ただ、最近ちょっと「だだくさ」になっていたので
本当に計画通り貯まっているかどうか確認してみました。
ほぼ計算に合っていましたので、ひと安心して箱に戻しました。
「箱」なんて書きましたが、ペットボトルを切っただけですけど。
さて、100円玉の数を勘定しているときに
カミさんが部屋に入ってきました。
カミさんは、私が100円玉を貯めているのを知ってますから、
見られたって別に困るわけではありませんが、
なぜか一瞬、ドキッとしたんですね。
そして、少し罪悪感みたいなものを感じたんです。
・・・なぜだろう。
私のなかのイメージとして
小銭を一生懸命数えている姿に
なにかわびしい印象とか、守銭奴のような印象が
無意識のうちに刷り込まれているのかもしれません。
しかし、きちんとお金を計算するというのは大事で、
なにも悪い印象を持つ必要はないわけです。
思えば私は、お金についてきちんと勉強したり、
教育を受けたりしていません。
小銭を計算するような親の背中も見ていません。
それはそれで良かったのかもしれませんが、
でも、やっぱり勉強不足かなあ、とも思います。
100円貯金は毎年、年始に枚数を計算して
銀行に預けるようにしています。
今年は子どもたちに数えてもらおうかな、
なんて事を考えております。
貯金というものが苦手な性格です。
それで少しでも衝動買いを減らし、
貯金できたらなあ、と思い、
毎日100円ずつ貯金箱に入れています。
しかし、毎日100円玉を入れるというのは
なかなか面倒なことでありまして、
忘れて入れなかったり、財布に小銭が無かったりすると
もう貯まらないということになってしまいます。
それで月の始めにその月の分だけ
100円玉を用意して、毎日は入れずに
月の最終日にまとめて入れるようにしています。
また、少しゆとりがあるときに
100円、200円と追加したりします。
これが意外と効果的で、
貧乏な私でも年間4万円近く貯まるんですね。
欲しかったパソコン周辺機器が
これで買えたりするんです。
ただ、最近ちょっと「だだくさ」になっていたので
本当に計画通り貯まっているかどうか確認してみました。
ほぼ計算に合っていましたので、ひと安心して箱に戻しました。
「箱」なんて書きましたが、ペットボトルを切っただけですけど。
さて、100円玉の数を勘定しているときに
カミさんが部屋に入ってきました。
カミさんは、私が100円玉を貯めているのを知ってますから、
見られたって別に困るわけではありませんが、
なぜか一瞬、ドキッとしたんですね。
そして、少し罪悪感みたいなものを感じたんです。
・・・なぜだろう。
私のなかのイメージとして
小銭を一生懸命数えている姿に
なにかわびしい印象とか、守銭奴のような印象が
無意識のうちに刷り込まれているのかもしれません。
しかし、きちんとお金を計算するというのは大事で、
なにも悪い印象を持つ必要はないわけです。
思えば私は、お金についてきちんと勉強したり、
教育を受けたりしていません。
小銭を計算するような親の背中も見ていません。
それはそれで良かったのかもしれませんが、
でも、やっぱり勉強不足かなあ、とも思います。
100円貯金は毎年、年始に枚数を計算して
銀行に預けるようにしています。
今年は子どもたちに数えてもらおうかな、
なんて事を考えております。
2007年11月28日
スタートライン
一ヶ月以上前に折った右側のアバラ骨も
かなり良くなってきました。
右側を下にして寝たり、しゃがんだりして
少し圧迫するような事があると、まだ痛みますが、
それでも軽い運動ならできるようになりました。
というわけで、久しぶりに夜、走ってみました。
それほど寒くなく、雨も降っていなかったので、
いつもより距離を短くして、やってみました。
とりあえず走っている間は痛みませんでしたので、
復帰第一走は合格したようです。
しかし、それよりも足の筋肉が弱っているし、
股関節や足首の関節が硬くなってるし、
体が重くなってるしで、なかなかしんどかったです。
ほんとにマイペースでゆっくり走りました。
終わったらとても気分がよく、適度に汗もかけて
良い睡眠をとれました。
・・・早く寝れば、もっと良かったんだけど。
倒れたり体を曲げたりと激しい動きはまだ出来ませんが、
ようやくスタートラインにつけそうです。
またちょっと頑張ってみます。
かなり良くなってきました。
右側を下にして寝たり、しゃがんだりして
少し圧迫するような事があると、まだ痛みますが、
それでも軽い運動ならできるようになりました。
というわけで、久しぶりに夜、走ってみました。
それほど寒くなく、雨も降っていなかったので、
いつもより距離を短くして、やってみました。
とりあえず走っている間は痛みませんでしたので、
復帰第一走は合格したようです。
しかし、それよりも足の筋肉が弱っているし、
股関節や足首の関節が硬くなってるし、
体が重くなってるしで、なかなかしんどかったです。
ほんとにマイペースでゆっくり走りました。
終わったらとても気分がよく、適度に汗もかけて
良い睡眠をとれました。
・・・早く寝れば、もっと良かったんだけど。
倒れたり体を曲げたりと激しい動きはまだ出来ませんが、
ようやくスタートラインにつけそうです。
またちょっと頑張ってみます。
2007年11月27日
いわゆる朝青龍問題
いろいろ騒がれておりますね。
私ははっきりいって相撲、興味ないので
コメントはなかなかできません。
ただ、他の力士の模範にならなければならないのに
巡業をさぼってたわけですから、
キツいお叱りを受けるのも、謝罪をするのも当然かと思います。
いずれにせよ本人次第としか言いようがありません。
ただ、どうしてもおかしいと思うのは
昨日からやたらと目に耳に入ってくる内舘さんの言葉。
「私のなかではもう引退した人」って、ちょっと失礼だなあ。
こういう無礼な発言をする人が審議会に入っている事自体が
問題じゃないかと思ってしまう。
マスコミ的には刺激的な発言で
リップサービスとしては良いのかもしれませんが、
公の場で口にするような言葉ではないと強く思います。
私ははっきりいって相撲、興味ないので
コメントはなかなかできません。
ただ、他の力士の模範にならなければならないのに
巡業をさぼってたわけですから、
キツいお叱りを受けるのも、謝罪をするのも当然かと思います。
いずれにせよ本人次第としか言いようがありません。
ただ、どうしてもおかしいと思うのは
昨日からやたらと目に耳に入ってくる内舘さんの言葉。
「私のなかではもう引退した人」って、ちょっと失礼だなあ。
こういう無礼な発言をする人が審議会に入っている事自体が
問題じゃないかと思ってしまう。
マスコミ的には刺激的な発言で
リップサービスとしては良いのかもしれませんが、
公の場で口にするような言葉ではないと強く思います。
2007年11月27日
9.37
「役がある以上 それがたとえどんな端役であっても あなたは舞台という城をささえる石垣の石のひとつなのです。その石ひとつがかけても城は崩れる」
舞台は、即興芝居でないかぎり、台本というものがあり、
そこに書かれたト書きやセリフを元につくられていきます。
そして、そのつくりは意外と精密にできています。
ひとつのセリフや、ほんの少し演技が変わることで、
舞台全体の印象や、その物語の意味が変わってきたりします。
十何年も前ですが、演出をやらせてもらったとき、
リハーサルで、とても悲しい思いをしたことがありました。
今となっては良い思い出ですが、当時はさすがに頭に血がのぼりましたね。
考えてみれば、演出と役者の間に信頼関係ができていなかったのでしょう。
私の力不足ということです。そして、役者も力不足だった。
「石垣」を支える石を効果的に配置し、効果的に使えなければ
不安定で見栄えの悪い「石垣」ができあがってしまう。
しかし、「石垣」の出来映えは、演出家だけの責任ではない。
角がとれず、どの場所にも使いづらく、
一部分として「石垣」を支える力すらない石にも問題はある。
さて、自分はどこまで「使える石」になれるのだろう。
そして、信頼される「石積みの頭領」になれるのだろう。
そのためには何をすればいいんだろう。
そんな事をつれづれと考えてしまいました。
舞台は、即興芝居でないかぎり、台本というものがあり、
そこに書かれたト書きやセリフを元につくられていきます。
そして、そのつくりは意外と精密にできています。
ひとつのセリフや、ほんの少し演技が変わることで、
舞台全体の印象や、その物語の意味が変わってきたりします。
十何年も前ですが、演出をやらせてもらったとき、
リハーサルで、とても悲しい思いをしたことがありました。
今となっては良い思い出ですが、当時はさすがに頭に血がのぼりましたね。
考えてみれば、演出と役者の間に信頼関係ができていなかったのでしょう。
私の力不足ということです。そして、役者も力不足だった。
「石垣」を支える石を効果的に配置し、効果的に使えなければ
不安定で見栄えの悪い「石垣」ができあがってしまう。
しかし、「石垣」の出来映えは、演出家だけの責任ではない。
角がとれず、どの場所にも使いづらく、
一部分として「石垣」を支える力すらない石にも問題はある。
さて、自分はどこまで「使える石」になれるのだろう。
そして、信頼される「石積みの頭領」になれるのだろう。
そのためには何をすればいいんだろう。
そんな事をつれづれと考えてしまいました。
2007年11月26日
たまにはライブも。
昨日の夜は、演劇つながりで、
ある方からチケットを買い、古川町へ行ってきました。
はい、「SHOULDER TO SHOULDER」です。
初めて聴くのでどんなもんじゃいな、と
興味しんしんで行きましたが、良かったです。
実は誰が出演するのか、
一人を除いてまったく知らなかったのですが、
以前から「この人の歌を聴いてみたいなあ」と
思っていた当のその人が出演したので
もうけた気分になりました。
その人以外にも歌のうまい人を発見し、
「ああ、見知らぬライブもたまには出かけないとな」と
思い知らされました。
銭のない貧乏人ですから、そうそう足を運ぶことはできませんが、
ちょっとマークしてみようと思いました。
ただで聴ける機会もあるしね。
ある方からチケットを買い、古川町へ行ってきました。
はい、「SHOULDER TO SHOULDER」です。
初めて聴くのでどんなもんじゃいな、と
興味しんしんで行きましたが、良かったです。
実は誰が出演するのか、
一人を除いてまったく知らなかったのですが、
以前から「この人の歌を聴いてみたいなあ」と
思っていた当のその人が出演したので
もうけた気分になりました。
その人以外にも歌のうまい人を発見し、
「ああ、見知らぬライブもたまには出かけないとな」と
思い知らされました。
銭のない貧乏人ですから、そうそう足を運ぶことはできませんが、
ちょっとマークしてみようと思いました。
ただで聴ける機会もあるしね。
2007年11月26日
ナルシスト?
今日は愚痴みたいな文章なので、深読みせず、
さらっと読み流してください。
最近、「ちょっと悔しいなあ」と思う事が続きました。
少しではあっても、演劇に足を突っ込んでいる者として
箱物としての舞台の使い方について、演劇人は、
映画や音楽といった分野に深く関わっている人と比べて
より効果的な使い方ができるだろうという自負があります。
いえ、ありました。
最近、音楽を聴きにいく機会があったりするのですが、
音楽は当然のこととして
舞台表現、視覚的表現に関しても
とても凝っていることに驚きました。
そりゃあ「ああ、もっとこうすれば良いのに。もったいない」と
思うことはいろいろありましたが、
はっとさせられる表現方法がいろいろあった事も確かで、
「なんだか演劇関係者よりも、舞台の使い方を懸命に考えていて
舞台に向かう姿勢が真摯だし、挑戦的で刺激的だよな」と
思わされた事の方がずっとずっと多かったです。
しかも、それだけではありませんでした。
身体表現を追究するのが演劇のひとつの特徴であります。
飛騨にもわずかながら素晴らしい身体表現をできる人はいますが、
ライブ(音楽ね)やってる人の方が、
はるかに身体が動いてるじゃないか、とも思いました。
視覚的表現ばかり凝って
演じることに力が入らないのは本末転倒です。
しかし、視覚的表現について考える事を怠けている自分自身、
反省しなければいけないなあ、と思ったのも確かです。
鴻上尚史が以前、
最近、才能のある若い奴は演劇に向かわず、音楽に向かう。
だから、若くて面白い奴は音楽の世界にいる、というような事を
何かに書いてました。
それがどうしてかは分かりませんし、
本当かどうかも分かりません。
けれど、前記のようなライブなどを見せられるたびに
その言葉が頭に浮かび「本当かも」と思ったことも確かです。
舞台表現を凝るのって本来は楽しい作業だったはずなのに、
いつの間におっくうになってしまったんだろう。
昔ちょっとばかり仕入れた照明や舞台の知識も消えかけちゃってるなあ。
使わなきゃ忘れる。脳が「必要ない」と判断して捨てちゃうのも当然だ。
使わなきゃ。
さて、愚痴ばかり書いてみましたが、ここで気づいたことがあります。
自分のことを「他人の視線を気にしない人間」と思っていましたが、
意外とビジュアルを気にするナルシストなんだなあ、と
改めて知りました。
「観客からどう見えているか、どう見せたいか」といった舞台表現について
こんなに他人のやる事が気になるなんて思ってもみませんでした。
・・・着る服や体型は気にしないのにね。
明日からはもうちょっと気にしようかな。・・・無理そうだけど。
さらっと読み流してください。
最近、「ちょっと悔しいなあ」と思う事が続きました。
少しではあっても、演劇に足を突っ込んでいる者として
箱物としての舞台の使い方について、演劇人は、
映画や音楽といった分野に深く関わっている人と比べて
より効果的な使い方ができるだろうという自負があります。
いえ、ありました。
最近、音楽を聴きにいく機会があったりするのですが、
音楽は当然のこととして
舞台表現、視覚的表現に関しても
とても凝っていることに驚きました。
そりゃあ「ああ、もっとこうすれば良いのに。もったいない」と
思うことはいろいろありましたが、
はっとさせられる表現方法がいろいろあった事も確かで、
「なんだか演劇関係者よりも、舞台の使い方を懸命に考えていて
舞台に向かう姿勢が真摯だし、挑戦的で刺激的だよな」と
思わされた事の方がずっとずっと多かったです。
しかも、それだけではありませんでした。
身体表現を追究するのが演劇のひとつの特徴であります。
飛騨にもわずかながら素晴らしい身体表現をできる人はいますが、
ライブ(音楽ね)やってる人の方が、
はるかに身体が動いてるじゃないか、とも思いました。
視覚的表現ばかり凝って
演じることに力が入らないのは本末転倒です。
しかし、視覚的表現について考える事を怠けている自分自身、
反省しなければいけないなあ、と思ったのも確かです。
鴻上尚史が以前、
最近、才能のある若い奴は演劇に向かわず、音楽に向かう。
だから、若くて面白い奴は音楽の世界にいる、というような事を
何かに書いてました。
それがどうしてかは分かりませんし、
本当かどうかも分かりません。
けれど、前記のようなライブなどを見せられるたびに
その言葉が頭に浮かび「本当かも」と思ったことも確かです。
舞台表現を凝るのって本来は楽しい作業だったはずなのに、
いつの間におっくうになってしまったんだろう。
昔ちょっとばかり仕入れた照明や舞台の知識も消えかけちゃってるなあ。
使わなきゃ忘れる。脳が「必要ない」と判断して捨てちゃうのも当然だ。
使わなきゃ。
さて、愚痴ばかり書いてみましたが、ここで気づいたことがあります。
自分のことを「他人の視線を気にしない人間」と思っていましたが、
意外とビジュアルを気にするナルシストなんだなあ、と
改めて知りました。
「観客からどう見えているか、どう見せたいか」といった舞台表現について
こんなに他人のやる事が気になるなんて思ってもみませんでした。
・・・着る服や体型は気にしないのにね。
明日からはもうちょっと気にしようかな。・・・無理そうだけど。
2007年11月22日
来年植える大豆が手元にある。
子供のころ、豆と名のつくものは、たいていあまり好きでなかった。
納豆、煮豆、豆腐・・・。
ところが家庭菜園で大豆を育てるようになると、
なぜかとても愛おしくなってきた。
保存がきいて、栄養価も高く、いろんな食材に利用できる。
取り立ての枝豆なんてのも、ものすごくうまい。
さらに偉いのは、ある程度成長すれば、やせた土地でも育つし、
一粒育てれば、何十粒にもなってかえってくる。
発芽率もすごく高いし、環境適応力も高い。
素人家庭菜園家にとっては、万能細胞並みに「使える」。
思えば、農作物はたいていそうだ。
特に今年の春に採取した赤カブの種なんかは
2株から数百どころか、数千ほどあったと思う。
きちんと育てれば、その1粒1粒が株となり、
その1株からまた数百数千の種が採れる。
マネーゲームなど目じゃないほどの「儲け」になる。
しかしまあ、儲けなんてのは、付属品でしかない。
今、私の手元にある大豆は、おそらく5百粒もない。
スーパーで買ったら数百円だろう。
だけど、私にとってこれは、数百円よりもはるかに大きな価値がある。
たとえば、隣の県から大豆を買ってきたとして
それがウチの畑で育つかどうかはまったく未知だ。計算できない。
だけど、ウチの畑で育ち、そこで採れた種はたいていまた育つ。
ある程度は「計算」できる。
「地の種」というのは、そういうものだ。
そしてそれは命をつないでくれる性質のもので、
お金ですぐ買えるものではない。
・・・ということが、少しは分かるようになってきた。
原油の高騰で野菜の値段があがってるそうな。天罰かもしれない。
来年こそは、もう少していねいに畑と向き合ってみたいと
手元の大豆を見ながら考えましたわいな。
納豆、煮豆、豆腐・・・。
ところが家庭菜園で大豆を育てるようになると、
なぜかとても愛おしくなってきた。
保存がきいて、栄養価も高く、いろんな食材に利用できる。
取り立ての枝豆なんてのも、ものすごくうまい。
さらに偉いのは、ある程度成長すれば、やせた土地でも育つし、
一粒育てれば、何十粒にもなってかえってくる。
発芽率もすごく高いし、環境適応力も高い。
素人家庭菜園家にとっては、万能細胞並みに「使える」。
思えば、農作物はたいていそうだ。
特に今年の春に採取した赤カブの種なんかは
2株から数百どころか、数千ほどあったと思う。
きちんと育てれば、その1粒1粒が株となり、
その1株からまた数百数千の種が採れる。
マネーゲームなど目じゃないほどの「儲け」になる。
しかしまあ、儲けなんてのは、付属品でしかない。
今、私の手元にある大豆は、おそらく5百粒もない。
スーパーで買ったら数百円だろう。
だけど、私にとってこれは、数百円よりもはるかに大きな価値がある。
たとえば、隣の県から大豆を買ってきたとして
それがウチの畑で育つかどうかはまったく未知だ。計算できない。
だけど、ウチの畑で育ち、そこで採れた種はたいていまた育つ。
ある程度は「計算」できる。
「地の種」というのは、そういうものだ。
そしてそれは命をつないでくれる性質のもので、
お金ですぐ買えるものではない。
・・・ということが、少しは分かるようになってきた。
原油の高騰で野菜の値段があがってるそうな。天罰かもしれない。
来年こそは、もう少していねいに畑と向き合ってみたいと
手元の大豆を見ながら考えましたわいな。
2007年11月19日
晴れの日は仕事を怠けて。
いい天気ですね。
ドライブ日和のこんな日に
デスクワークでパソコンいじってます。
かけなきゃいけない電話があるんですが、
いまいちその気にならず、
ずるずると後回しにしておりますわい。
なんでだろう。
天気がいいと、気分が穏やかになるにしたがい、
仕事をやる気がなくなっていく。
これでやっていけるんだから
ありがたいことですね。
さて、そろそろ電話をしようかな・・・。
・・・終わりました。こんなんで済む事を
なかなか出来なくなっちゃうんですよねえ。
つくづくヒマなんだなあ。
ドライブ日和のこんな日に
デスクワークでパソコンいじってます。
かけなきゃいけない電話があるんですが、
いまいちその気にならず、
ずるずると後回しにしておりますわい。
なんでだろう。
天気がいいと、気分が穏やかになるにしたがい、
仕事をやる気がなくなっていく。
これでやっていけるんだから
ありがたいことですね。
さて、そろそろ電話をしようかな・・・。
・・・終わりました。こんなんで済む事を
なかなか出来なくなっちゃうんですよねえ。
つくづくヒマなんだなあ。
2007年11月15日
天本英世さんの本を買った。
先日、富山市へ行く用事がありまして、
ついでにブックオフへ寄ってきました。
あまり時間がなかったので
20分ほどしか見られませんでした。
あれば絶対買おうと思っていた「ガラスの仮面」33巻を
まず真っ先に手にし、後は猛スピードで棚をチェックしました。
結局、ぐっとくる背表紙が見当たらず、止めようと思った瞬間、
視界の端に何か魅力ある文字がよぎった気がして
もう一度よく見直してみました。
そこにあったのは・・・
「天本君、吠える」
そう、故天本英世さんの本でした。
ページをめくると、面白そうだったので買いました。
105円也。
よく読んでみれば、天本さんがしゃべった事を
編集者がまとめた本らしいのですが、
とても刺激的で面白く、一気に読んでしまいました。
天本さんは個性的な役者で大変なスペイン通という
ありきたりな事しか知らなかったのですが、
この本ではその時々に天本さんが体験した事を通じて
不平不満や思う事を、自由気ままに書いてあって
とても良かった。
自分のポリシーを持ち、
それに忠実に生きていて、
しかも人情味があって・・・。
「平成教育委員会」など、テレビで拝見するだけでは
小柄でやせた、枯れたお年寄りという勝手な印象を持っていたが、
まったく違うことが分かった。
やせているのは確かですが、
身長が180センチもあるなんて知らなかったし、
枯れてなんかちっともいない。
そのへんの若者よりもずっと熱い。
すでに亡くなられており、
ご存命のうちに、その活躍をもっとチェックしておけば良かった。
著書がほかにもあるようなので、
今からでもチェックしようと思います。
ついでにブックオフへ寄ってきました。
あまり時間がなかったので
20分ほどしか見られませんでした。
あれば絶対買おうと思っていた「ガラスの仮面」33巻を
まず真っ先に手にし、後は猛スピードで棚をチェックしました。
結局、ぐっとくる背表紙が見当たらず、止めようと思った瞬間、
視界の端に何か魅力ある文字がよぎった気がして
もう一度よく見直してみました。
そこにあったのは・・・
「天本君、吠える」
そう、故天本英世さんの本でした。
ページをめくると、面白そうだったので買いました。
105円也。
よく読んでみれば、天本さんがしゃべった事を
編集者がまとめた本らしいのですが、
とても刺激的で面白く、一気に読んでしまいました。
天本さんは個性的な役者で大変なスペイン通という
ありきたりな事しか知らなかったのですが、
この本ではその時々に天本さんが体験した事を通じて
不平不満や思う事を、自由気ままに書いてあって
とても良かった。
自分のポリシーを持ち、
それに忠実に生きていて、
しかも人情味があって・・・。
「平成教育委員会」など、テレビで拝見するだけでは
小柄でやせた、枯れたお年寄りという勝手な印象を持っていたが、
まったく違うことが分かった。
やせているのは確かですが、
身長が180センチもあるなんて知らなかったし、
枯れてなんかちっともいない。
そのへんの若者よりもずっと熱い。
すでに亡くなられており、
ご存命のうちに、その活躍をもっとチェックしておけば良かった。
著書がほかにもあるようなので、
今からでもチェックしようと思います。
2007年11月15日
他人の文章、直したくないなあ。
文章を書くというのは難しい。
最近、文章を書く人から
「文章を読んでほしい」とか
「直しを入れて欲しい」と頼まれる機会があります。
頼まれ事ですから恥ずかしい事もできず、
私なりにきっちり赤ペンで校正、校閲をします。
たいてい真っ赤になります。
その真っ赤になった校正紙を見ると
これまた、たいていの人があまりいい顔をしません。
損な役回りです。
気持ちは分からないではありません。
思い入れをもって書かれた文章でしょうから
バッサリと直しを入れられると、
自分の文章ではないような気になるのかもしれません。
しかし、正直に言わせてもらえば、
だったら他人に文章を直してほしいなどと言わない事です。
「読んで感想を言ってほしい」というなら楽です。
お世辞もまぜて、やんわりと評価だけすればいいから。
「直し」となると、まったく別の話になってしまうのです。
私だって文章については、無知ではありますが、
多少はこだわりをもっています。
読んでて「これはどう考えてもおかしい」と思うと
直しを入れたくなります。それでも直すときは、
最大限、書き手の思いを大切にしているつもりです。
・・・でも真っ赤になるというのは
そういうレベルだという事です。
書き手はもちろん、自分の思いを大切にすべきです。
けれども、日記でない限り、文章を書くというのは
相手=読み手があってはじめて成立する行為です。
書き手は、もう少しだけでいいから
書き上げた文章をもう一度よく読み直し、
読み手の事を考えて推敲する努力を願いたいと
強く思っているところです。
なんて、私もブログに関しては書きっぱなしですからね。
あまり強くは言えませんが。
最近、文章を書く人から
「文章を読んでほしい」とか
「直しを入れて欲しい」と頼まれる機会があります。
頼まれ事ですから恥ずかしい事もできず、
私なりにきっちり赤ペンで校正、校閲をします。
たいてい真っ赤になります。
その真っ赤になった校正紙を見ると
これまた、たいていの人があまりいい顔をしません。
損な役回りです。
気持ちは分からないではありません。
思い入れをもって書かれた文章でしょうから
バッサリと直しを入れられると、
自分の文章ではないような気になるのかもしれません。
しかし、正直に言わせてもらえば、
だったら他人に文章を直してほしいなどと言わない事です。
「読んで感想を言ってほしい」というなら楽です。
お世辞もまぜて、やんわりと評価だけすればいいから。
「直し」となると、まったく別の話になってしまうのです。
私だって文章については、無知ではありますが、
多少はこだわりをもっています。
読んでて「これはどう考えてもおかしい」と思うと
直しを入れたくなります。それでも直すときは、
最大限、書き手の思いを大切にしているつもりです。
・・・でも真っ赤になるというのは
そういうレベルだという事です。
書き手はもちろん、自分の思いを大切にすべきです。
けれども、日記でない限り、文章を書くというのは
相手=読み手があってはじめて成立する行為です。
書き手は、もう少しだけでいいから
書き上げた文章をもう一度よく読み直し、
読み手の事を考えて推敲する努力を願いたいと
強く思っているところです。
なんて、私もブログに関しては書きっぱなしですからね。
あまり強くは言えませんが。
2007年11月14日
まだ学生気分・・・。
ある資格を取ろうと、だらだら勉強をしています。
実は先日、試験がありました。
当落を知るのが怖くて、まだ答え合わせをしていないのですが、
まあ、それをするまでもなく、
ダメなのは受験した本人がよく分かっております。
いろいろ悩んだ末、来年も受験することに決め、
また勉強をはじめようと思い、
まずは先日の試験問題の正解の確認作業から始めました。
実は試験当日、少し戸惑ったのですが、
これまでになかったような傾向だったのです。
1問目から、受験参考書では扱っていないような性質の問題で、
どちらかというと基礎というより、
実務面というか、その分野における一般知識に近い問題でした。
正答できたと思いますが、
この問題の答えを改めて確認しようと参考書を開いても、
それについての記述が載っていないわけです。
2〜3冊、受験用の参考書を開いてみましたが、
どれにも載っていません。確認できないのです。
(どうすりゃいいんだ?)としばし考えた末、
インターネットで検索してみました。
あっという間に確認することができました。
それにしても参考書に載ってない性質の問題が出るということは
出題の傾向がそもそも変わってきているということです。
これまでの傾向をふまえつつ、ややマニアックな方面への
対応もしなければならないということで、
ただでさえ勉強不足なのに、さらにやるべき事が増えて、
頭がくらくらとします。
この資格が取れたとしても、それだけで食べていける確証はなく、
さらに最近の規制緩和で、料金の自由化も行われました。
少しモチベーションが低くなったのも確かです。
ただ、怠け者の私にもわずかばかりの意地というものはありますので、
とにかく取れるまで尽力してみようと思っています。
余計な事は考えないで。
実は先日、試験がありました。
当落を知るのが怖くて、まだ答え合わせをしていないのですが、
まあ、それをするまでもなく、
ダメなのは受験した本人がよく分かっております。
いろいろ悩んだ末、来年も受験することに決め、
また勉強をはじめようと思い、
まずは先日の試験問題の正解の確認作業から始めました。
実は試験当日、少し戸惑ったのですが、
これまでになかったような傾向だったのです。
1問目から、受験参考書では扱っていないような性質の問題で、
どちらかというと基礎というより、
実務面というか、その分野における一般知識に近い問題でした。
正答できたと思いますが、
この問題の答えを改めて確認しようと参考書を開いても、
それについての記述が載っていないわけです。
2〜3冊、受験用の参考書を開いてみましたが、
どれにも載っていません。確認できないのです。
(どうすりゃいいんだ?)としばし考えた末、
インターネットで検索してみました。
あっという間に確認することができました。
それにしても参考書に載ってない性質の問題が出るということは
出題の傾向がそもそも変わってきているということです。
これまでの傾向をふまえつつ、ややマニアックな方面への
対応もしなければならないということで、
ただでさえ勉強不足なのに、さらにやるべき事が増えて、
頭がくらくらとします。
この資格が取れたとしても、それだけで食べていける確証はなく、
さらに最近の規制緩和で、料金の自由化も行われました。
少しモチベーションが低くなったのも確かです。
ただ、怠け者の私にもわずかばかりの意地というものはありますので、
とにかく取れるまで尽力してみようと思っています。
余計な事は考えないで。
2007年11月13日
紙芝居
先日、思うところがあって
図書館で紙芝居を2つ借りてきました。
私用や仕事でドタバタしていて放っていましたが、
今日ようやく、子供に頼んで1つだけ紙芝居を聞いてもらいました。
宮沢賢治の『雪わたり』です。
考えれば、紙芝居を子供に聞いてもらったのは初めてです。
結論から言えば、勉強になりました。
読みながら、子供の様子を観察して
(ああ、退屈してるな。ちょっと読み方を変えてみるか)と考え、
しゃべり方を工夫したり、
(ときには考えさせる間(ま)が必要かな)と思い、
少し読むタイミングをずらしたりと、実験させてもらいました。
変えることで子供の反応が変わったりするのは
もちろん勉強になったのですが、
一方で、あんまり興味なさそうにして
寝転がって観ていた上の娘が
何気なくしっかり観ていて、お世辞ででも
「面白かったよ」と言ってくれたのに驚きました。
観てないようで、意外と横目でしっかり観てるんだなあと
思い知らされましたね。
逆にかぶりつきで観たり、読んでいる私の側へ来たりと、
読んでいる間中、何かとまとわりついていた下の娘が
「なんか話の筋がよく分からん」という評価を下し、
判断保留ということになりました。
上の娘は「○○(下の娘ね)には話が難しかったかもしれん」と
一応フォローをしてくれましたが、
やはり分からないなら分からないなりに
楽しんでもらわなければいけないんでしょうね。
これからも不定期ではありますが、紙芝居を借りてきて
また、子供たちに聞いてもらおうと思いました。
図書館で紙芝居を2つ借りてきました。
私用や仕事でドタバタしていて放っていましたが、
今日ようやく、子供に頼んで1つだけ紙芝居を聞いてもらいました。
宮沢賢治の『雪わたり』です。
考えれば、紙芝居を子供に聞いてもらったのは初めてです。
結論から言えば、勉強になりました。
読みながら、子供の様子を観察して
(ああ、退屈してるな。ちょっと読み方を変えてみるか)と考え、
しゃべり方を工夫したり、
(ときには考えさせる間(ま)が必要かな)と思い、
少し読むタイミングをずらしたりと、実験させてもらいました。
変えることで子供の反応が変わったりするのは
もちろん勉強になったのですが、
一方で、あんまり興味なさそうにして
寝転がって観ていた上の娘が
何気なくしっかり観ていて、お世辞ででも
「面白かったよ」と言ってくれたのに驚きました。
観てないようで、意外と横目でしっかり観てるんだなあと
思い知らされましたね。
逆にかぶりつきで観たり、読んでいる私の側へ来たりと、
読んでいる間中、何かとまとわりついていた下の娘が
「なんか話の筋がよく分からん」という評価を下し、
判断保留ということになりました。
上の娘は「○○(下の娘ね)には話が難しかったかもしれん」と
一応フォローをしてくれましたが、
やはり分からないなら分からないなりに
楽しんでもらわなければいけないんでしょうね。
これからも不定期ではありますが、紙芝居を借りてきて
また、子供たちに聞いてもらおうと思いました。
2007年11月12日
行き詰まった中年男
昨日はちょっと遠いところへ行ってきました。
かなり運転したので運転疲れがあり、
今日もなんだか長距離運転の余韻が、疲れとなって残っています。
さて、ライフワークとして取り組んでいる事がいくつかありますが、
最近、そのうちの1つに行き詰まりを感じています。演劇以外の事です。
「やるやる」と言いつつ、日々の雑事(仕事含む)や他のライフワークを優先し、
順番としては「一番に」後回しにしてしまうんですね。
しかも、ようやく時間が空いたときは「今、疲れているから」とか
「酒を飲んでしまって頭がまわらない」とか
なにかと理由をつけて、やらない事が多い。
やるときはやるんですが、長続きしないんですね。
長続きしないものが結果を出せるはずもなく、
ずるずると同じ事をくり返しているのです。
じゃあ、それほど大事な事じゃないんじゃないの?というと、
そうでもなく、自分の近い将来を考えるうえでは
とても大事な事のはずなんです。
これほどやる気も結果も出せないと
「向いてないのかな」とも思います。
「他の事に力を注げるから、止めた方がいいんじゃないか」とも思います。
なんだか片思いでフラレた恋愛のようです。
ただ、いろいろ考えてみたのですが、やっぱり捨てられないんですね。
捨てると思うと、胸が苦しくなってしまう。
腐れ縁みたいなもんでしょうか。
じゃあ、やっぱりきちんと時間を確保して
長続きさせられるようなシステムを作らないとダメだ。
というわけで、またしても生活の見直しをしています。
いつまで、こんな事をくり返すんでしょうか。
・・・一生ですね。
かなり運転したので運転疲れがあり、
今日もなんだか長距離運転の余韻が、疲れとなって残っています。
さて、ライフワークとして取り組んでいる事がいくつかありますが、
最近、そのうちの1つに行き詰まりを感じています。演劇以外の事です。
「やるやる」と言いつつ、日々の雑事(仕事含む)や他のライフワークを優先し、
順番としては「一番に」後回しにしてしまうんですね。
しかも、ようやく時間が空いたときは「今、疲れているから」とか
「酒を飲んでしまって頭がまわらない」とか
なにかと理由をつけて、やらない事が多い。
やるときはやるんですが、長続きしないんですね。
長続きしないものが結果を出せるはずもなく、
ずるずると同じ事をくり返しているのです。
じゃあ、それほど大事な事じゃないんじゃないの?というと、
そうでもなく、自分の近い将来を考えるうえでは
とても大事な事のはずなんです。
これほどやる気も結果も出せないと
「向いてないのかな」とも思います。
「他の事に力を注げるから、止めた方がいいんじゃないか」とも思います。
なんだか片思いでフラレた恋愛のようです。
ただ、いろいろ考えてみたのですが、やっぱり捨てられないんですね。
捨てると思うと、胸が苦しくなってしまう。
腐れ縁みたいなもんでしょうか。
じゃあ、やっぱりきちんと時間を確保して
長続きさせられるようなシステムを作らないとダメだ。
というわけで、またしても生活の見直しをしています。
いつまで、こんな事をくり返すんでしょうか。
・・・一生ですね。
2007年11月10日
似ている・・・?
私には姉が一人います。たまに子供を連れて、家に帰ってきます。
この姉が、私と全然似てないんです。顔が、です。
ウチはどういうことか、両親と姉と私、誰も似てない。
いや、子供のころは似てるというような話もあったようですが、
この歳になると分かりますが、全然似ていません。
今日、下の娘に尋ねてみました。
「○○ちゃんのお母さんは、お父さんのお姉ちゃんなの。知っとった?」
「知らんかった。へえー、そうなの。」
「似とる?」
「全然、似とらん。」
とまあ、そんな会話をしていたのです。
ところが娘が突然、びっくりするような事を言い出しました。
「お父さんとお母さんは似とるよな。」
・・・えっ?
「○○おばちゃんとお母さんと、どっちがお父さんに似とる?」
「お母さん。」
・・・うーん。夫婦は顔が似てくるという話を聞いたことがありますが、
ほんとうなんでしょうか。
眼鏡をとって顔を見せ、目の大きな姉のように、目をぱっちりさせ、
「こうすると、お母さんとおばちゃんと、どっちに似とる?」
「お母さん。その方がよく似とる。」と言います。
ちなみに「じいちゃんとばあちゃんとお父さんと、誰が一番おばちゃんに似とる?」と聞いたら
娘は考えながら「・・・ばあちゃんかな。」と答えました。妥当な線ですな。
「お前とお姉ちゃんはよう似とるぞ。」と言うと
「みんなに言われる。」と答える。
「誰に?」と聞くと、友達や近所の子、上の娘の友達、学校の先生と
まあ、彼女の周囲の人はたいてい言うそうです。
それが嬉しいかというと、そうでもないみたいで
なんだか複雑な気分のようです。
私なんかは家族一同似てないのが情けないので
血縁者が似てるなら嬉しいだろうに、と思ってしまうのですが。
ちなみにカミさんと、カミさんの妹は、本当によく似ています。
誰に言わせても、そういう返事がきます。
特に2人とも20代のころは髪型が似ていたせいもあって
後ろ姿は私ですら、たまに混乱するくらいでした。
衣服やエプロンもたまに貸し借りしていたので、余計に混乱しました。
そういう時はたいてい、お尻の形で判断したものです。
いや、生のお尻でなくてね・・・。ズボンの形ね。
そういえば、私の母親と、母の妹(私にとっては叔母)も
よく似ていました。いや、私は十分違うと思うのですが、
周囲の人はよく間違えたようです。
なにせ、叔母のことを知っている人がたまたま、
病院かどこかで名前も知らぬ母を見て
「○○さんによく似てみえるけど、ご姉妹?」と話しかけてきたほどです。
さて、私とカミさんの両方の顔を知ってみえる方へ。
本当に、似てると思います?
この姉が、私と全然似てないんです。顔が、です。
ウチはどういうことか、両親と姉と私、誰も似てない。
いや、子供のころは似てるというような話もあったようですが、
この歳になると分かりますが、全然似ていません。
今日、下の娘に尋ねてみました。
「○○ちゃんのお母さんは、お父さんのお姉ちゃんなの。知っとった?」
「知らんかった。へえー、そうなの。」
「似とる?」
「全然、似とらん。」
とまあ、そんな会話をしていたのです。
ところが娘が突然、びっくりするような事を言い出しました。
「お父さんとお母さんは似とるよな。」
・・・えっ?
「○○おばちゃんとお母さんと、どっちがお父さんに似とる?」
「お母さん。」
・・・うーん。夫婦は顔が似てくるという話を聞いたことがありますが、
ほんとうなんでしょうか。
眼鏡をとって顔を見せ、目の大きな姉のように、目をぱっちりさせ、
「こうすると、お母さんとおばちゃんと、どっちに似とる?」
「お母さん。その方がよく似とる。」と言います。
ちなみに「じいちゃんとばあちゃんとお父さんと、誰が一番おばちゃんに似とる?」と聞いたら
娘は考えながら「・・・ばあちゃんかな。」と答えました。妥当な線ですな。
「お前とお姉ちゃんはよう似とるぞ。」と言うと
「みんなに言われる。」と答える。
「誰に?」と聞くと、友達や近所の子、上の娘の友達、学校の先生と
まあ、彼女の周囲の人はたいてい言うそうです。
それが嬉しいかというと、そうでもないみたいで
なんだか複雑な気分のようです。
私なんかは家族一同似てないのが情けないので
血縁者が似てるなら嬉しいだろうに、と思ってしまうのですが。
ちなみにカミさんと、カミさんの妹は、本当によく似ています。
誰に言わせても、そういう返事がきます。
特に2人とも20代のころは髪型が似ていたせいもあって
後ろ姿は私ですら、たまに混乱するくらいでした。
衣服やエプロンもたまに貸し借りしていたので、余計に混乱しました。
そういう時はたいてい、お尻の形で判断したものです。
いや、生のお尻でなくてね・・・。ズボンの形ね。
そういえば、私の母親と、母の妹(私にとっては叔母)も
よく似ていました。いや、私は十分違うと思うのですが、
周囲の人はよく間違えたようです。
なにせ、叔母のことを知っている人がたまたま、
病院かどこかで名前も知らぬ母を見て
「○○さんによく似てみえるけど、ご姉妹?」と話しかけてきたほどです。
さて、私とカミさんの両方の顔を知ってみえる方へ。
本当に、似てると思います?
2007年11月08日
つながる。
今日は1週間のサイクルで訪れる仕事の締め切り日。
自分の分はなんとか終えられました。
それにしても忙しかった。
今日は急に某方からお招き(呼び出し)をいただき、
話をうかがいに行ってきました。
いろいろな話をうかがって、とても勉強になったのですが、
それを今日の仕事に生かせなかったのが申し訳ない限り。
また、別の機会に取り組むことをお約束して
解放していただきました。
その場で、こちらはよ〜くお顔を存じ上げているのですが、
先方はこちらをご存じないという方にお会いしました。
実はいろんなつながりがあり、そうした事をお伝えたら
先方も驚いてみえました。
とにかく外へ出ると、嫌な事もたくさんあるのですが、
こうした嬉しい出会いもあり、
やっぱり出歩かなくちゃなあ、と思いました。
さて、また明日から次のサイクルが始まります。
・・・って、今日の仕事、まだ終わってないし。
早く帰って「医龍2」を観たいよ〜。
自分の分はなんとか終えられました。
それにしても忙しかった。
今日は急に某方からお招き(呼び出し)をいただき、
話をうかがいに行ってきました。
いろいろな話をうかがって、とても勉強になったのですが、
それを今日の仕事に生かせなかったのが申し訳ない限り。
また、別の機会に取り組むことをお約束して
解放していただきました。
その場で、こちらはよ〜くお顔を存じ上げているのですが、
先方はこちらをご存じないという方にお会いしました。
実はいろんなつながりがあり、そうした事をお伝えたら
先方も驚いてみえました。
とにかく外へ出ると、嫌な事もたくさんあるのですが、
こうした嬉しい出会いもあり、
やっぱり出歩かなくちゃなあ、と思いました。
さて、また明日から次のサイクルが始まります。
・・・って、今日の仕事、まだ終わってないし。
早く帰って「医龍2」を観たいよ〜。
2007年11月06日
長すぎる文章
思いが強すぎるときに書いた文章は
後で読み返すと、たいていの場合、ひどい文章ですね。
今日は、昨日訪れた犬石と、案内して下さった方の話をまとめていました。
分量は決まっているのですが、
いつも長めに書いて、後で削ってスペースに納める方式をとっています。
しかし・・・それにしても今回は長いです。長過ぎです。
とりあえず書いてみただけですから、まだこれから削るのですが、
あまりにも文章量が多い。削るのがしんどい作業になりそうです。
今日はとにかく書きたい事を書きなぐって
あとは一晩寝て頭を冷やし、
明日、推敲を重ねようと思います。
さて、どうなることやら。
後で読み返すと、たいていの場合、ひどい文章ですね。
今日は、昨日訪れた犬石と、案内して下さった方の話をまとめていました。
分量は決まっているのですが、
いつも長めに書いて、後で削ってスペースに納める方式をとっています。
しかし・・・それにしても今回は長いです。長過ぎです。
とりあえず書いてみただけですから、まだこれから削るのですが、
あまりにも文章量が多い。削るのがしんどい作業になりそうです。
今日はとにかく書きたい事を書きなぐって
あとは一晩寝て頭を冷やし、
明日、推敲を重ねようと思います。
さて、どうなることやら。
2007年11月05日
無事
おかげさまで無事に帰還いたしました。
私にとっては大変な道程でした。
神岡の町中から舗装された道を車で40分ほど。
そこから舗装されていない道を車で50分ほど。
そこから山道を15分ほど。
そこからまったくの薮のなかを20分ほどで、目指す場所に到着しました。
遠くないと思うでしょ? 遠いんです。疲れました。
けれど、それ以上に収穫がありました。
道案内をしてくれた81歳のおじいちゃんはとても親切で
土地の話、昔の話をたくさんしてくれました。
奥さんもいろいろ資料を見せてくれたり、お話をしてくれました。
感謝感激雨あられ。
山道を進むために必要な車高の高い軽トラを貸して下さった、
東さんにも大感謝です。本当にありがとうございました。
さて、残された仕事は・・・明日やります。
私にとっては大変な道程でした。
神岡の町中から舗装された道を車で40分ほど。
そこから舗装されていない道を車で50分ほど。
そこから山道を15分ほど。
そこからまったくの薮のなかを20分ほどで、目指す場所に到着しました。
遠くないと思うでしょ? 遠いんです。疲れました。
けれど、それ以上に収穫がありました。
道案内をしてくれた81歳のおじいちゃんはとても親切で
土地の話、昔の話をたくさんしてくれました。
奥さんもいろいろ資料を見せてくれたり、お話をしてくれました。
感謝感激雨あられ。
山道を進むために必要な車高の高い軽トラを貸して下さった、
東さんにも大感謝です。本当にありがとうございました。
さて、残された仕事は・・・明日やります。
2007年11月04日
いざとなったら捜索願いを。
明日は神岡町山之村地区の伊西から笈破あたりにかけて出かけます。
犬石を求めて、犬石平を目指します。
午後3時ぐらいまでには十分戻ってこれると思います。
なんて妙にはっきりと書くのは、ちょっとだけ不安があるからです。
お年寄りと2人で山道を歩くのですが、
私のあばら骨、腰痛と体調が万全でないうえ、
時期が時期だけに熊さんも心配です。
いざとなったら捜索願いを出してください。
半分の半分くらいは、マジで言ってます。よろしくお願いします。
犬石を求めて、犬石平を目指します。
午後3時ぐらいまでには十分戻ってこれると思います。
なんて妙にはっきりと書くのは、ちょっとだけ不安があるからです。
お年寄りと2人で山道を歩くのですが、
私のあばら骨、腰痛と体調が万全でないうえ、
時期が時期だけに熊さんも心配です。
いざとなったら捜索願いを出してください。
半分の半分くらいは、マジで言ってます。よろしくお願いします。
2007年11月03日
うれしくて残念なこと
とても嬉しいのですが、
とても残念だ、という事がごくたまにあります。
・・・テレビ、直っちゃいました。
おそらく電源関係だと思っていじくってみたのですが、
まったく分からない。テスターすらないからどうしようもない。
第一、いっぱいある配線をどう理解すればいいのかも分からない。
あきらめて「見なかった事にしよう」と思いました。
その後、とにかく全部「洗い」まして、きれいになったところで、
もう一度やる気を出しました。
でもね、電源を入れましたがダメ。
ヤケになって、いろんなところにあるボタン、金具の類いをさわりまくっていたら
「ブーン」という、スイッチを入れたときの懐かしい音が聞こえたのです。
これは、と思い、メインスイッチを入れたら、なんと砂嵐が現れたではありませんか。
勢いこんでふたたびアンテナケーブルを接続したところ、ちゃんと入るようになりました。
いえ、かなり画像が悪かったのは確かです。
見たところ、ケーブルの一部が壊れていたので
家にあったケーブル類を使い回して接続し直しました。
結局、前より若干映りが良くなった気がします。
そう、20年ちょうどでついに寿命を迎え、棺桶に納めようと思っていたのに
棺桶の中でよみがえったという感じですか。
まあ、これはこれで嬉しかった。
でもね、やっぱり新しいものには未知の魅力がある。
つまり、新しいテレビ、欲しかったなあ、なんてね。思うわけです。
直って嬉しいんだけど、新しいテレビがこなくて残念。
仕方ない。くされ縁ですね。
こうなったら完全に息の根がとまるまで付き合うしかないですかね。
あとどれくらいの間か分かりませんが、
よろしくお願いします・・・と言っておこう。
とても残念だ、という事がごくたまにあります。
・・・テレビ、直っちゃいました。
おそらく電源関係だと思っていじくってみたのですが、
まったく分からない。テスターすらないからどうしようもない。
第一、いっぱいある配線をどう理解すればいいのかも分からない。
あきらめて「見なかった事にしよう」と思いました。
その後、とにかく全部「洗い」まして、きれいになったところで、
もう一度やる気を出しました。
でもね、電源を入れましたがダメ。
ヤケになって、いろんなところにあるボタン、金具の類いをさわりまくっていたら
「ブーン」という、スイッチを入れたときの懐かしい音が聞こえたのです。
これは、と思い、メインスイッチを入れたら、なんと砂嵐が現れたではありませんか。
勢いこんでふたたびアンテナケーブルを接続したところ、ちゃんと入るようになりました。
いえ、かなり画像が悪かったのは確かです。
見たところ、ケーブルの一部が壊れていたので
家にあったケーブル類を使い回して接続し直しました。
結局、前より若干映りが良くなった気がします。
そう、20年ちょうどでついに寿命を迎え、棺桶に納めようと思っていたのに
棺桶の中でよみがえったという感じですか。
まあ、これはこれで嬉しかった。
でもね、やっぱり新しいものには未知の魅力がある。
つまり、新しいテレビ、欲しかったなあ、なんてね。思うわけです。
直って嬉しいんだけど、新しいテレビがこなくて残念。
仕方ない。くされ縁ですね。
こうなったら完全に息の根がとまるまで付き合うしかないですかね。
あとどれくらいの間か分かりませんが、
よろしくお願いします・・・と言っておこう。
2007年11月03日
テレビがない!
はい、私の部屋にテレビがありません。何年ぶりでしょうか。
先日壊れてしまった愛機を修理しようと悪戦苦闘しましたが手に負えず、
最終手段に出ました。方法は内緒です。今、風通しの良いところに置いてあります・・・。
この方法でダメだったら、買い換えをすることに決めました。
今、まだ「修理」途中ですから、買えないわけです。
それにしても、最近はテレビが高いですね。
私は別に画質も画面の大きさもそれほどこだわりがないので、
高くても10万円以内の物で十分満足できますが、
ウチの親父はなぜかテレビだけは贅沢に金を遣っていて
昨年だったか一昨年だったか、40万前後の金を遣って
デカいテレビを買いました。金、持ってんだなあ。
私と妻は、そのたった数万円がどうもひっかかり、少し考えました。
要するに貧乏なんですが・・・。
・もともと2階にあるテレビは古くて小さくて画質は最悪だけど、
それについて誰も文句を言ったことがない。
・2011年から地上波デジタルに変わるから、今変えた方が良いだろうが、
手持ちの現金が少ない。
・地デジへの完全移行まではまだ時間がある。それまでに、さらに良い機種は当然出る。
どうせ新品を買うなら、移行時に買っても遅くない。
・地デジチューナーが内蔵である必要はない。さらに、2011年ごろには
低所得者向けの廉価版チューナーが発売される可能性が高い(という情報がある)
・現在、中古は異常に安い。環境にもやさしい。
最後の条件が最重要ポイントなわけです。
まだ、決めたわけではありませんが、もしそうなった場合、
賢い買い物になるのか、安物買いの銭失いになるのか、それは神のみぞ知ることです。
さて、テレビで育ったテレビッ子の私の部屋にテレビがないというのは、
これはとても大変なことで、
つい今しがたも何だか寂しい気がして、テレビをつけようとしてしまひました。
・・・無いのに。
無きゃないで過ごすことはできるんだけど、ねえ、なんだか、寂しいんですよ。
静かなのが、ね。
いや、観たい番組もあるし。
というわけで、意外とテレビって私にとって重要なのかもしれません。
だから・・・早くテレビ買いたいよーーという事を結局書きたかったんです。
すみません。
先日壊れてしまった愛機を修理しようと悪戦苦闘しましたが手に負えず、
最終手段に出ました。方法は内緒です。今、風通しの良いところに置いてあります・・・。
この方法でダメだったら、買い換えをすることに決めました。
今、まだ「修理」途中ですから、買えないわけです。
それにしても、最近はテレビが高いですね。
私は別に画質も画面の大きさもそれほどこだわりがないので、
高くても10万円以内の物で十分満足できますが、
ウチの親父はなぜかテレビだけは贅沢に金を遣っていて
昨年だったか一昨年だったか、40万前後の金を遣って
デカいテレビを買いました。金、持ってんだなあ。
私と妻は、そのたった数万円がどうもひっかかり、少し考えました。
要するに貧乏なんですが・・・。
・もともと2階にあるテレビは古くて小さくて画質は最悪だけど、
それについて誰も文句を言ったことがない。
・2011年から地上波デジタルに変わるから、今変えた方が良いだろうが、
手持ちの現金が少ない。
・地デジへの完全移行まではまだ時間がある。それまでに、さらに良い機種は当然出る。
どうせ新品を買うなら、移行時に買っても遅くない。
・地デジチューナーが内蔵である必要はない。さらに、2011年ごろには
低所得者向けの廉価版チューナーが発売される可能性が高い(という情報がある)
・現在、中古は異常に安い。環境にもやさしい。
最後の条件が最重要ポイントなわけです。
まだ、決めたわけではありませんが、もしそうなった場合、
賢い買い物になるのか、安物買いの銭失いになるのか、それは神のみぞ知ることです。
さて、テレビで育ったテレビッ子の私の部屋にテレビがないというのは、
これはとても大変なことで、
つい今しがたも何だか寂しい気がして、テレビをつけようとしてしまひました。
・・・無いのに。
無きゃないで過ごすことはできるんだけど、ねえ、なんだか、寂しいんですよ。
静かなのが、ね。
いや、観たい番組もあるし。
というわけで、意外とテレビって私にとって重要なのかもしれません。
だから・・・早くテレビ買いたいよーーという事を結局書きたかったんです。
すみません。



