2007年06月30日

公募に応募。

あまり自信がないのですが、某イベントの企画の公募に
自分のプランを出してみました。

これまでにも何度か、いろんな公募に応募しようと、
案を練ったりしていたのですが、どうも形にできず、
結局、出さずじまいになることがほとんどでした。
そんな自分に終止符をうちたくて、
とにかく、どんなに稚拙でもいいから形を残そうと思い、
無理矢理に仕上げて、提出してしまいました。

実は、一度書いたものが気に入らず、破棄してしまい、
改めて書きはじめていたのですが、なかなか先に進まず、
ついさっきまであきらめかけていました。
午後9時をすぎたころに思い直し、
中途半端な面は否定できませんが、とにかく書きました。
ある程度、満足できています。後悔はしていません。

おそらく採用はないでしょうが、出した限りは可能性はあるわけで
少しは期待しながら、返事を待ちたいと思います。

そして、これをきっかけにして、少しでも形を残していきたいと
思うようになりました。ちょっとガンバってみますね。  

Posted by ねた at 00:15Comments(0)TrackBack(0)よろず事

2007年06月27日

経営者は神様でございます。

いや、蒸し暑いですね。梅雨だから仕方ないか。

今日は一つ大きな仕事があって、今日はそれに集中するため、
休日だった昨日も仕事をして、他の仕事をほぼ完了させていました。
ところが今朝の会議で二週間延期になりました。

何かトラブルとか、別の急な仕事ができたなら、あきらめもつきますが、
今回は完全に自社都合。
ボスが風邪で仕事をするのがしんどくて仕事ができなかったから
延期なんだそうな。

へいへい。あたしゃ雇われ人ですからね、従いますよ、神様。

それにしても、こんなにあっさり覆るような計画に
振り回されるのも腹がたつ。
あ〜やだやだ。  

Posted by ねた at 15:23Comments(0)TrackBack(0)よろず事

2007年06月26日

休日はやることがいっぱい。

いろいろやりたい事があるのですが、
まるで病人のように寝たきり状態です。
体力はずいぶん回復したのですが、気力がね、ついてこないのですよ。

しかし、最近、思うことがいろいろあります。

プロ意識を高くもって仕事をしてみえる方には申し訳ありませんが、
プロとアマチュアを区別なんて出来ないんじゃないか、と思うようになりました。
もちろん、お客さんの満足度が高く、それで高い料金をいただいている方は
すごいなあ、と思います。
しかし、大した事もせず、それでもわずかながらのお金を稼いでいる方でも
しっかり名刺を作って「職業は○○」と名乗る、つまりプロだと
おっしゃる方がみえるのも確かです。
そんな人より、意識が高くても肩書きを名乗らない、いわゆる「アマチュア」が
やった方が断然、良いものができたりします。
それにプロと名乗り、バリバリ稼いでいる人でも、
社会正義に反する人は「プロ」なのか「アマチュア」なのか、と
考え込んでしまい、分からなくなってしまいます。

以前、ある会社の経営者と面接で話をしたとき、
その方は面白い方で、面接で
「プロとアマチュアの違いは何だと思いますか」と尋ねてきました。
その方は「一旦した約束を命をかけて守るかどうかだ」とおっしゃいました。

私は、個人的には命をかけて守るほどの約束なんか、あんまりしたくないし、
アマチュアだって、約束を守るのに命をかける人はいるだろう、と思いますし、
命をかけて約束を守るかどうかは個人の資質の問題で、
しかも、職業意識の高い人なら、命をかけるような状況にならないよう、
事前に配慮なり、準備なり、根回しなりするだろうと思うので、
その意見には、まったく賛同できませんが。

まあ、その経営者の方は面白い方で、面接の場でいろいろ話をし、
結局2時間も1対1で面接をしました。社長室から出たら、
社員の皆さんがあきれた顔をしてみえました。
結局、お世話にはならなかったのですがね。

さて、話をもとに戻すと、
結局、プロとかアマチュアとかの区別にはまったく意味がなく、
そこには、他人から「俺にはできないから、あんたがやってくれ。お金は払う」
もしくは「俺がやるより、あんたがやった方が良いものができるから、
あんたにやってほしい。その代わりお金は払うから」という、
相手からの賞賛と評価(お金)という前提があったうえで、
後は「売れない人=名乗るだけのド素人」から「めちゃくちゃ売れる人」まで、
無数に連続しているだけなんじゃないか、なんて思うわけです。

要は、自分がやりたいと思ってやっている物事を基準にして
いったん自分がそれを「職業として手がける」と名乗った以上は、
それが片手間であろうが、命をかけていようが、
「売れる職業人」か「わずかに売れる職業人」か
「売れない職業人」か、連続しているだけなのだと思うのです。

何をもって「売れている」と判断するのかは難しいですが。
年収100万でも、その分野では「売れている」のかもしれませんしね。
そこは自分の気持ちと、世間の評価で決めるしかないでしょう。

「私は画家だ」と名乗った人が、まったく売れてなくて、
別の仕事の片手間に絵を描いてるだけとして、誰が一体
「あんたは絵描きじゃない」と言えるのだろうか、と思うのです。
彼はやはり、売れないけど、絵描き=画家なんじゃないだろうか。

これを考えると、すべての職に当てはまると思うのです。

売れる農家と、売れない農家(家庭菜園か?)
売れる映画監督と、売れない映画監督(インディーズ?)
売れる役者と、売れない役者(片田舎の自称役者?)
売れる医者と、売れないヤブ医者(祈祷師とか、民間伝承のばあちゃん?)
売れる消防士と、売れない消防士(消防団員?)

そんな事を考えてると、ふと思う事があります。

私は、売れない農家であり、売れない役者であるけれども、
わずかに売れる○○(秘密)であり、ごくわずかに売れるデザイナーであり、
やろうと思えば、ごくわずかに売れる清掃人であり、
ごくわずかに売れる工場のライン工員であるという、
多面的な存在なのではないか。

要は「何をやりたいのか、何と名乗るのか」を世間様に明らかにするのが
自分の職業を決めるもっとも大きな要件で、
なおかつ、それ以外に職業人であるか否かを決める要件はないんじゃないか、と
いうのが、最近の考えなのです。
さて、私はなんと名乗るべきなのか。

ああ、やることがいっぱいあるのに、
時間をたっぷりかけて、余計なことを書き連ねてしまった。
さて、そろそろ動かねば。  

Posted by ねた at 10:59Comments(0)TrackBack(0)よろず事

2007年06月23日

暑いけど・・・

今日は某所へ、子どもたちの剣道合宿を見に行ってきました。
会場に入ったら、すでに汗臭いこと汗臭いこと。
それでも気合いの入った稽古を見ていると
すがすがしい気分になってくるのは、なぜなんだろう。
自分はスポーツと呼べるものは何もやっていないので
見ていて何だかうらやましくなってきた。
スポーツっていいなあ。

大会へ向けて頑張る、なんていうのも
なぜだかうらやましく感じてしまう。

そういえば、飛騨山岳会が今秋に行うチベット登山に
会社を辞めて参加する方がみえるそうな。
かなり悩んだ末でしょうが、よくぞ思いきられたと思う。

人生は一度限り。納得できるように行きたいなあ。

演劇の稽古、がんばんなきゃ。  

Posted by ねた at 17:30Comments(0)TrackBack(0)よろず事

2007年06月23日

赤いハイヒール

ご存知の方はご存知ですね。
太田裕美の「赤いハイヒール」のことです。
最近、無性にこの曲が聞きたくて
時間のできた今日、レンタルショップへ行って
太田裕美のベストアルバムを借りてきました。
早速、聞きましたわい。

思い込んでいたフレーズと少し違う部分があって
戸惑いもあったのですが、
やっぱりこういう曲調が好きなので満足できました。
歌詞はそれほど好きというわけではないのです。
あくまでも、少し寂しげな曲調が・・・・。
こういう、甘く切ない路線系の曲に弱いのですよ。

さて、実は今日、昔はよく聞いていたけど聞かなくなって
しまいこんでいたカセットテープを一部、引っ張りだしました。
それで、ついつい何本か聞いてしまひました。
・・・良かったっす。

実は学生時代、演劇にハマったころ、最初に担当したのが「効果」で、
その仕事の大半が音響でした。
芝居に合う曲を探してくるのが主な仕事なのですが、
そのために、常にいろんなジャンルの曲をチェック、録音していたのです。
今日聞いたのはその一部。

いや、こちらも良かったですよ。
クラシックからサントラ盤、ヒーリング系からパンクと
よくもまあ、これだけ聞いてたなあ、と我ながら感心しました。
そして、改めていろんな曲を、ジャンルを問わずに聞き続け、
演劇活動に役立てれたらなあ、なんてことも思いました。

最近、映像関係の人に会えて、
いろんな面で刺激をもらった事も影響しているのかもしれない。
それがとても嬉しいです。

・・・お金がかかるのがたまにきずですが。  

Posted by ねた at 00:05Comments(0)TrackBack(0)よろず事

2007年06月21日

すでに結論は出ているのだ。

先日、カボチャの種を播いた。

ばあちゃんがカボチャを煮てくれたとき、
生ゴミのところにカボチャの種を捨てていたので、
こっそり拾っておいたのを使ったのだ。

ウチではそんなに食べないし、土地もそれほど広くないので
5株もあれば充分だろうと、5つのポッドに5粒ほどずつ播いた。
しかし、カボチャの種は大量にある。
かなりの数が余ってしまった。
捨てるのも気がひけて、結局、畑の畝のところに埋めておいた。

大切にポッドに播いた種はなかなか発芽しない。
水は毎日やっているから、日照時間や温度が足りないのだろう。
ひ弱に育ててしまっているのかもしれない。

さて、つい先だって畑へ行ったとき、
畑の畝の一部に、よ〜く見覚えのある芽がいくつも出ている。
もちろんカボチャだ。
こんなに生えてどうするんだ、というくらい出てきている。
しかも、葉がピーンとしていて非常に元気そう。
ポッドに播いた種と比べてみれば
当然、こっちの方が強いだろう。
そもそも厳しい環境で芽を出したのだ。
覚悟も根性も備わっているはず。

ポッド苗の方は、今朝見たときに
ほんの少し土が盛り上がってきていた。
芽がひ弱なりに頑張って発芽したんだろう。
それでも植え替えまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。

かたやハングリー精神あふれ、すでに芽が出た苗。
かたや温室育ちで、やっと芽生えそうな苗。
どっちを育てればいいのか?
結論はすでに出ているのだが、複雑な気分。

今の自分の暮らしに当てはめて考えると、
自分はどちらかというと、「ポッド苗」のような気がするので
ポッド苗を応援したい気もするのだが・・・。

しかし、うん、結論は出ているのだ!  

Posted by ねた at 11:34Comments(2)TrackBack(0)よろず事

2007年06月20日

ああ、梅雨ですねえ。

蒸し暑いっすね〜〜〜。
時折窓から吹き込んでくる自然の風が心地よいのですが、
職場の私の机は自然の風の死角になりやすいところで、
空気がよどみがちなので、かなり不快指数が高いです。

さっさと帰って、酒をかっくらって寝て
早く風邪を治したいのですが、
今日も夜間にやや遠方で仕事があります(涙)。
高山から片道一時間十分ほどのところです。

自分から動いてつくった仕事ですから仕方ありません。
会いたかった人に会えるわけだし、
まあ、気持ちを楽にして行ってこようと思います。

帰った後の冷たいビールを楽しみに。  

Posted by ねた at 14:58Comments(2)TrackBack(0)よろず事

2007年06月19日

案の定・・・。

風邪をひいたようです。
のどが荒れて嗄れ気味で、自分としては良い感じの
渋い声になっております。思う通りの低音も出ます。
これが地声ならいいのになあ、などと思いますが、
健康がやっぱり一番。

某劇団の皆様、早急に治しますので
しばし、ご猶予を。お願いします。  

Posted by ねた at 01:42Comments(2)TrackBack(0)よろず事

2007年06月16日

気力と体力

身土不二なんつー言葉がありますが、
もうひとつ、分けられないモノがあると思います。
それは心と体。

気力が充実してないと、体は動かないし、
体が疲れきっていると、気力もわいてこない。
思考や気持ちというのも、身体の化学反応ですから、
体の調子が悪いと、訳も無く、気持ちが不安定になりやすい。

今日はほんとにしんどい。
理由は分かりません。睡眠不足か、太り過ぎか、運動不足か、その全部か。
いつものように、演劇の稽古に走っていこうとするのだが、
気持ちがついてこず、ぎりぎりまで「走って行くか車で行くか」迷っていた。

汗をかけば、この気分と体の重さも治るかと思ったのですが、
あんまり改善されませんでした。
稽古も気持ちが入らず、どうも体が動かない。
結局、中途半端な稽古をしただけ。
さらに、帰りのジョギングはほんとにしんどかった。

少し風邪気味なので、それも影響しているかもしれないが、
最近、ほんとに腹が出てきて、動くのがしんどい。
これはもう、本気でダイエットすべきなんだろうな。

先日、辺見えみりがテレビに出ていて、
子どものころ、バレエのレッスンがあって、
体重、体型を維持するために、食事制限があったそうだ。
それで、お腹が空いたのを紛らわせるために、
ねり消しゴムで食べ物を作っていたそうだ。

何かを成し遂げたいという強い思いがあったのだろうが、
子どもですら、じっと我慢していたのだなあ、と複雑な気持ちになった。
いい大人の自分が、暴飲暴食を我慢できないというのは
なんとも情けないなあ、と思った。

少し生活を考え直そうと思う。
いい大人が、子どもに負けるわけにはいかないのだ。  

Posted by ねた at 21:53Comments(3)TrackBack(0)よろず事

2007年06月14日

黒い家・・・。

最近、怖い映画(テレビで、ですが)を観てなかったので
そろそろ何か観たいなあ、と思っていたところ、
先日、テレビの深夜放送で「黒い家」を放映すると知り、
ビデオに録画したのですが、しばらく観る機会がなく、
観ることなく、ほかっていました。

今日、時間ができたので、ようやく観た・・・のですが・・・。  
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Posted by ねた at 23:15Comments(0)TrackBack(0)よろず事

2007年06月13日

倉本聰の・・・

「富良野風話 失われた森厳」を高山図書館で借りてきました。
頑固炸裂といった感じのエッセイですが、おおむね賛成です。

最近、少しばかり本を読んでいて思うのは、
本当に世の中や環境の事を考えるなら
世の中や環境を良くする方向と
矛盾しないような行動を自分がしなければならないのではないか、
ということだ。

人間だれしも事情があるので、すべて理想的な行動を取れるわけではないが、
少なくとも、理想と正反対の方向へ進むなら
少しは恥を知らなければならないなあ、と思わされた。

そういえば、世界の他の国に比べ、べらぼうにエネルギーを使う日本人が
少子化に向かっているのは、これは正しいことなのではないか。
なんてことを思わされたりした本だった。  

Posted by ねた at 00:28Comments(2)TrackBack(0)よろず事

2007年06月08日

今日はごろごろ。今日もごろごろ?

最近、首の右側から右肩、右の肩甲骨の辺に痛みがあって
それが全然、治らないもんですから
気分もすぐれないという状態でした。
ところが、その箇所の痛みが少し和らいできたかな、と思っていたところ、
同じような痛みが左側で始まってしまひました(涙)。
なんか痛みよりも、痛みが慢性的に続くことで
気分が悪くなってしまうのですね。
カミさんは近くの接骨院へ行けば?と言うのですが、
そこ、私にとってはあんまり効かない印象が強くて
どうも行く気にならず、さらに気分が悪くなってくる始末。
畑仕事もやらなきゃ、と思うのですが、
気力がわいてこず、腰が重くなっています。
・・・草ぼうぼうだろうなあ。
とりあえず寝転がって某試験勉強などをするぐらいが限界。
今日はまたしてもごろごろするかな・・・。  

Posted by ねた at 11:20Comments(0)TrackBack(0)よろず事

2007年06月04日

家庭菜園、ことしの失敗。

先日植えたキュウリの苗2つのうち1つが完全に枯れたため、
追加で2つ買って植えました。

どんどん弱っていく姿を見るのは、なかなかつらいものです。
実は今年も、いくつも苗をダメにしています。
ほとんどは買ってきたのではなく、
種から芽出ししたものですからショックも大きかった。

スイカは全滅したので苗を買って植えました。
初期に植えたゴボウも全滅。追加の分はなんとか育ってます。
アブラエは順調に見えたのですが、先日行ってみたら
なにやら獣に掘られたような跡があって、七割方滅びました。
シシトウの苗もひとつ滅びました。
初期に植えたオクラも全滅しました。追加の分はなんとか生存。
元気のない苗はまだいくつもあり、
予断を許さない状況です。

ことしは嫌というほど種から育てる事にこだわったので
初めて芽出しした種も多く、勉強不足もあって
失敗は当然の結果だと思います。
でも、自分が考えるようにやって、失敗したのですから
得るものも多く、とても勉強になりました。

それにしても、一番悔しいのは獣による被害ですね。
本当に「理不尽」という言葉を実感させられます。
本当に悔しい。獣害を受ける農家の方の気持ちが
少しは分かったような気がします。
ほんとに殺意を覚えます。

だけれども、これほど露骨な理不尽さを味わえるのも
山林の近くで畑をやっているおかげかなあ、とも思います。
職業ならば死活問題ですが、趣味の家庭菜園ですから
あきらめもつくというもんです。

・・・指をくわえて見ているわけにもいきませんが。

さて、これらの失敗を糧に、秋の畑も頑張りますぞ。  

Posted by ねた at 17:51Comments(2)TrackBack(0)よろず事

2007年06月01日

新聞を「遠くに」感じる。

私の演劇の師匠のブログを読んでて、ひとつ知った事があった。

静岡空港建設に反対して焼身自殺をはかった人がいたらしい。
ところが一報があった後、地元ではその事件について
マスコミはいっさい報道をやめてしまったという。
師匠はそれを皮肉として、一人芝居のなかで、ネタとして使ったが、
観客の反応は「その元ネタ自体を知らない」反応だった、と書いていた。

ひょっとしてデマだったのか?
いや、しかし、そのブログに対するコメントに
「自殺した人の関係者に会って話をした」と書き込みがあった。
嘘ではないと思う。

マスコミにも事情はある。
書けない事件の背景もあったのかもしれない。
圧力もあったのかもしれない。
公平中立の崇高な理念(こんなの嘘だけど)のもと、
熟慮の末の「黙殺」だったのかもしれない。

ただ、私個人は、とても寂しさを感じる。

これだけテレビもインターネットも普及してるんだ。
もう、新聞なんて要らないのかもしれない。  

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